第2話 薄まる恋の灯り
朝、部屋に差し込む光はまだ柔らかくて、床に淡く影を落としていた。
悠斗は制服のシャツを着ながら、少し緊張した気持ちで鏡を見た。
昨日のことが頭をよぎる。
紗夜に冷たくされたこと。教室で感じた距離感。放課後に見た、他の人に向ける笑顔のこと。
胸の奥に小さな痛みが残ったままだ。
「今日こそ、普通に話せるかな……」
心の中でつぶやく。
期待と不安が入り混じって、胸が少しざわつく。
ネクタイを締め直し、カバンを肩にかけ、深呼吸をひとつする。
角を曲がった瞬間、黒髪のロングが目に入った。
「……紗夜?」
思わず声をかけてしまう。
紗夜は一瞬立ち止まり、ちらりと悠斗を見る。
でもその目はいつも通り冷たく、感情を映していない。
「おはよう」
ぎこちなく声を出す。
「……おはよう」
短く無表情な返事が返ってきた。胸の奥に小さな痛みが走る。
勇気を出して続ける。
「昨日の宿題、ちょっとわからないところがあってさ……」
紗夜は眉をわずかに上げて、視線を逸らす。
「……自分でやれば?」
淡々とした声が胸に重くのしかかる。
通学路を並んで歩こうとするが、紗夜は手をポケットに入れ、歩幅も一定に保ったまま、まるで悠斗を避けるかのようだ。
途中ですれ違う他の生徒には、柔らかい笑顔を見せる紗夜。でも悠斗には冷たく距離を置くその態度。胸の奥がぎゅっと締め付けられる。
「なんで俺にだけ……」
心の中でつぶやく。答えは返ってこない。
学校の門に着くと、紗夜は友達と軽く会話を交わしながら教室へ向かう。
その後ろ姿を見送り、胸の奥に小さな痛みが残る。
小学校の頃、雨の日に傘を貸してくれたり、放課後に手をつないで帰ったりした温かい思い出がよみがえる。
今はその温もりが遠く、届かない幻のようだ。
教室に入ると、いつもの席に座る。視線は自然と紗夜に向かう。
彼女は机に向かい、ノートを開き、ペンを走らせる。
その動きひとつひとつが胸に刺さる。
授業が始まる。黒板の文字が頭に入ってこない。
悠斗は無意識に紗夜の髪を耳にかける仕草や、ペンの持ち替え方を見つめる。
胸の奥がぎゅっと締め付けられる。
隣の女子と小声で話す紗夜の笑い声が耳に届く。
柔らかくて、優しい声。
でもそれは悠斗には向けられない。
「昔は、こんなことなかったのに……」
小学校の頃の温もりを思い出す。雨の日に手を差し伸べてくれたこと、放課後に一緒に歩いた帰り道、笑い合ったこと。
その温もりは今では幻のように遠く、届かない。
昼休み、少しでも距離を縮めようと紗夜の隣に座る。
弁当を広げ、声をかける。「今日の卵焼き、美味しそうだな」
「……普通だよ」
淡々とした返事。手は弁当を包むだけで、視線は机やノートに向かい、悠斗には向けられない。
少し離れた場所で別の女子と楽しそうに話す紗夜。
その柔らかい声が胸に刺さる。息が詰まる。
放課後、昇降口で声をかける。「一緒に帰ろう」
「……今日は友達と行くから」
別の女子に笑顔で応じる紗夜。悠斗には向けられないその笑顔に、胸の奥で何かが崩れていく。
自分は愛されないのではないかという思い。劣等感と孤独感が静かに根を下ろす。
家に帰ると、机に向かう。今日一日の出来事が頭の中でぐるぐる回る。
紗夜の冷たい声、逸れた視線、無表情な顔。
問いかけても答えは返ってこない。
小学校の頃の温もりは、今では胸を締め付けるだけの幻。
かつての愛情は少しずつ消えかけ、代わりに自己否定と劣等感が大きくなる。
心の奥にかすかな希望が残る。
だがその想いも、薄れていく炎のように揺らぎ、重さに押されて消えかけていた。
 




