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第83話 恒例と新たな風

 月曜日の昼下がり、透子はショッピングモールの中にある大きな書店を訪れていた。目的は、この前発表されたばかりの太宰賞受賞作を手に入れることだ。


 毎年、文学賞が発表されるこの時期、透子はその年の受賞作を読むのを一つの楽しみにしている。忙しい日々の中で本と向き合う時間は、自分をリセットする大切なひとときでもあった。今年の太宰賞に選ばれたのは、朝日奈々という若手作家の『春の雨』。ノミネート時点でそのタイトルとあらすじに心惹かれ、チェックはしていたものの、購入には至っていなかった。


(やっぱり受賞したとなると、読むのが楽しみになりますね)


 店内に入ると、すぐに『春の雨』は目に飛び込んできた。入口すぐの特設コーナーに平積みにされ、POPと共に華やかに紹介されている。表紙は淡い水彩画のようなタッチで、春の午後を思わせるような柔らかい色合いだった。桜の花びらが舞う街角にたたずむ女性の後ろ姿が描かれ、どこか切なさを感じさせる。


 手に取ってみると、装丁はシンプルながらも手触りの良い紙が使われており、作品に込められた想いを大切に届けたいという出版社の姿勢が伝わってくるようだった。


 タブレットで読む電子書籍ももちろん便利ではある。通勤の合間やちょっとした空き時間にさっと読める手軽さは魅力的だ。でも、紙の本には紙の本だけが持つ良さがある。ページをめくる感触や、文字のインクの濃淡、そういった体験は、やはり紙の本ならではだと透子は思っていた。


(やっぱり私は、紙の本を手に取る瞬間が一番好きです)


 隣には、もうひとつの文学賞「川端賞」の作品が置かれている……はずだった。しかし、そのスペースには「今年は該当作なし」の文字が記されたカードが立っていた。


(10年ぶりに該当なし……残念ですね)


 透子は少し肩を落としながらも、気を取り直して他の書籍も見て回ることにした。久しぶりの書店は、それだけで気分が上がる。静かで落ち着いた空間の中、ページをめくる音や、誰かが立ち止まり本を手に取る気配が心地よいBGMになる。


 文芸書の棚を一通り眺めたあと、趣味やカルチャー関連の棚へと足を運ぶ。そこには今のトレンドを映すように、Vtuber関連の書籍や雑誌がずらりと並んでいた。


 雑誌の表紙には、虹ライブの人気Vtuberが大きく掲載されており、その華やかなビジュアルに目を奪われる。イラスト調の衣装と、デジタルならではの色彩が書店の中でもひときわ目を引く。隣にはVtuber活動もしている人気イラストレーターの画集も置かれていて、思わず手に取りたくなるような魅力があふれていた。


(いつの間にか、こういうコンテンツも書店で普通に扱われるようになったんですね)


 数年前までは、こうしたジャンルの本はネット通販でしか手に入らないような印象だった。それが今では、書店の一角に堂々とスペースが設けられている。一般層への認知が広がった証だろう。


(柚葉さんも、いつかこういう雑誌の表紙になったりするんでしょうか)


 『春の雨』を手に持ったまま、透子はもう少し書店をぶらつくことにした。読みたい本は見つけた。でも、こうして偶然の出会いを求めて本棚を巡る時間もまた、透子にとっては心満たされるひとときだった。


 その日、透子はもう一冊、詩集と短編が収められた文庫本を手に取り、レジへと向かった。ページをめくる音が心を整えてくれることを、彼女はよく知っているのだった。


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