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第81話 スパイス

 水曜日の昼過ぎ、透子はいつものように美鈴宅を訪れた。チャイムを鳴らすと、元気な声と共に笑顔でドアが開く。


「いらっしゃい、春野さん!」


 変わらぬ明るさに、透子も自然と微笑みを返す。


「本日もよろしくお願いします」


「はい。今日のお昼ご飯も楽しみです」


「昨日、高山さんにお出ししたのと同じ、シーフードミックスを使ったパエリアです」


 興味津々な様子でキッチンへとついてくる美鈴に、材料や作り方を簡単に説明しながら準備を始める。


「それなら私でも作れそうだな〜」


「フライパン一つで作れますし、意外と簡単なんですよ」


 そんなやり取りの中、美鈴がふと思い出したように袋から何かを取り出した。


「そういえば、これ。春野さんが前にオススメしてたやつ、買っちゃいました」


 手にしていたのは、透子が絶賛していたアウトドアスパイス『ほり〇し』。しかも、ノーマルのほかに赤いラベルの辛口バージョンまで。


「辛い方も買われたんですね」


「うん、辛いの好きだから赤い方が合うかなって。でも選べなくて、結局両方!」


「自分で作ると、自分好みの味付けができるのがいいところですよね」


「そうなんですけど……やっぱり春野さんみたいに美味しく作るのは難しいなぁ」


「あ、ありがとうございます」


 照れたように微笑みながら手を動かす透子。その表情はどこか柔らかい。


 やがて、フライパンから立ち上る香ばしい香りとともにパエリアが完成した。サフランの黄色に彩られたご飯、赤や緑の野菜、そしてシーフード。美鈴は目を輝かせながらスマホを構え、テーブルに並べた皿をパシャリ。


「おしゃれすぎる……!」


 そして一口食べて、満面の笑みを浮かべる。


「美味しいっ!」


「気に入っていただけてよかったです」


 丁寧に頭を下げ、透子は再びキッチンへ戻る。洗い物を手際よく済ませた後、バスルームへ移動し、浴室周りの掃除に取りかかる。


 ひと通り作業を終えてリビングに戻ると、美鈴はすでに食べ終えており、使った皿はキッチンのシンクに浸けてあった。


 透子はリビングの掃除に取りかかる。掃除機で丁寧にホコリを吸い取り、テーブルや棚の上を軽く拭いていく。


 掃除が終わり、道具を片付けていた時だった。


「春野さん」


 ふいに、美鈴がソファから声をかけてきた。


「最近ね、この辺で不審者の目撃があったらしいの」


「不審者……ですか?」


 手を止めて顔を上げた透子に、美鈴は少し真剣な表情で続けた。


「うん。帽子にマスク姿の、四十代くらいの男性が、昼間に住宅街をウロウロしてるって。うちのご近所さんが見かけたらしくて」


「そうなんですね……それは少し、怖いですね」


「一応マンションの管理人さんにも連絡はしたらしいんだけど……」


「ありがとうございます。最近何かと物騒ですし、気を付けます」


「うちは昼間に頼んでるから多分大丈夫だと思うけど、一応伝えておいた方がいいかなと思って」


「ありがとうございます。注意しておきます」


「春野さん、帰り道も気をつけてね。人気の少ない道とか通らないように」


「はい、お気遣いありがとうございます」


 少し表情を引き締めた透子だったが、美鈴の優しさに感謝しながら、帰りの身支度を整えた。


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