第77話 ちょっとおしゃれな昼食
いつもなら時間ぴったりに柚月宅のインターホンを押す透子だが、今日は様子が違った。
(アイスが溶けてしまうのは残念ですし)
購入した「板チョコア〇ス」が溶けないよう、マンションの前に到着したその足でインターホンを鳴らす。
「はーい」
いつも通りの明るい声が返ってくる。
「少し早いのですが、よろしいですか?」
「全然大丈夫ですよ〜」
応答のあとすぐにドアが開いた。
「本日はアイスがありますので、そのまま来てしまいました」
透子がそう伝えると、柚月は納得したように頷いた。
「いつもはピッタリなのに、今日は早いと思ったらそういうことだったんですね」
「はい。すぐ冷凍庫に入れたいので、キッチンをお借りします」
「どうぞどうぞ!」
通された室内は、先週よりもさらに整っていた。
(頑張って片付けてくれてるんですね)
微笑ましく思いながら靴を脱ぎ、キッチンへ向かう。
袋からアイスを取り出し、何も考えずに冷凍庫を開けた瞬間――その奥に、袋に包まれた何かがあるのが目に入り、透子はハッとした。
目を細める間もなく、すっと視線をそらす。
(……よかった。ネタバレにはならなそうです)
そう胸を撫で下ろしながら、空いていたスペースに「板チョコア〇ス」をしまった。
冷凍庫を閉め、透子はエプロンを装着しながら振り返る。
「それでは、今日はパエリアを作らせていただきます」
「パエリア!? なんかおしゃれ!」
柚月が目を輝かせて声を上げる。
「本格的なものとは違いますが、手軽に作れて、見た目も華やかなので喜ばれやすい料理です」
「すでに嬉しいんですけど!」
テンションの高い柚月に、透子も小さく笑って食材の準備に取りかかる。
まずはオリーブオイルでにんにくを軽く炒めて香りを立たせる。
そこに冷凍のシーフードミックスとカット野菜を加え、彩りにパプリカも入れて炒め合わせる。
「冷凍のシーフードミックスを使うと簡単に作れるんです」
「そんな便利なものがあるんですね!」
ふんわりと立ち上る香りに、柚月が顔を近づけ、嬉しそうに笑う。
「この香ばしい匂い、たまらないですね……ほんとに美味しそう」
「フライパン一つで簡単に作れるのも、パエリアの魅力なんですよ」
「パエリアって、お店でしか食べられないような難しい料理だと思ってました」
会話を弾ませながら調理を進めているうちに、具材にも程よく火が入り、炊き上がりのサインが見え始める。
透子はレモンをひと切れ添えて火を止める。
その瞬間、キッチンいっぱいに香ばしい香りがふわりと広がった。
「わぁ、めっちゃ美味しそう……!」
リビングに運んだ皿を見て、柚月が思わず声を漏らす。
「冷凍のシーフードなので少し小ぶりですが、お味は大丈夫かと」
「全然気にならないです、むしろこの量でこれだけ魚介が入ってるのすごいです」
柚月はスプーンを手に取り、一口食べて目を見開いた。
「おいしい!正直、冷凍かどうかなんてわかんないしフライパンだけでこんな料理できるんですね」
「はい。意外と簡単にできるんですよ。ホットプレートでも作れるので、みんなで囲むのもいいですね」
「お店でしか食べられないと思ってたパエリアが、家で食べられるって嬉しすぎる……」
柚月が頬を緩めて言うその様子に、透子も心からほっとしたような笑顔を浮かべた。
「そう言っていただけると、作った甲斐があります」
香ばしい匂いと満足そうな笑顔に包まれて、今日も食卓で穏やかな時間が流れ始めた。




