第73話 スパイスと昔話
洗い物を終えた透子が蛇口を止めた頃、ちょうど食べ終えた美鈴が皿を手にキッチンへやって来た。
「ごちそうさまでした。ほんと美味しかったです」
笑顔のまま皿を差し出す美鈴は、まだ余韻が残っているようだった。
「スパイスだけでここまで美味しくなるとか、ちょっと反則ですね」
「いろんな調味料を入れて漬け込むのも楽しいですが、このスパイスのおかげで手軽に美味しくできるようになりました」
透子が皿を受け取り、軽くすすぎながら答える。
「アウトドアスパイスって、最近種類もたくさん出てるよね。スーパーとかでも見かけるようになったし、いろいろ試してみるのも楽しそう」
「一番のおすすめは、ほり〇しですが、他のスパイスもそれぞれ個性があって美味しいですよ」
「よし、今度スーパー行ったときにスパイス売り場じっくり見てみます!」
ふと、美鈴が思い出したように言った。
「そういえば春野さんって、もともと料理得意だったんですか?」
透子は少しだけ手を止め、懐かしそうに笑った。
「実は、得意というより、必要に迫られて始めた感じなんです。私、父方の祖父母と一緒に住んでいた時期があって……その祖父がとても厳しい人で」
「へえ……どんな感じだったんですか?」
「看護師の母が夜勤の日でも、ご飯は嫁が作るもんだっていう考えの人で。母がどんなに疲れていても、ご飯は当然のように待っているような人でした」
「うわぁ……大変そう」
「ええ、でも、そんな中で少しでも母の力になれたらと思って、小さい頃から台所に立つようになったんです。最初はお米を研ぐとか、野菜を洗うくらいでしたけど、徐々に包丁も握らせてもらえるようになって」
「それって、すごく健気……」
「でも、ありがたかったのは、母がその頑張りをちゃんと見てくれていたことです。褒めてくれましたし、教えてくれましたし。だから今でも料理は、母との繋がりを思い出せる、大切な時間なんです」
「なんだか……すごくあったかい話ですね」
「それに、こうして誰かにご飯を作って、美味しいって言ってもらえるのが本当に嬉しくて。だから、あの頃があったから今があるって思ってるんです」
「春野さんって……本当に優しい人ですね」
「いえいえ。結果的にこうして仕事にも活かせれてますし、悪くはなかったなって」
透子の表情には、過去に対するネガティブな色はまったくなかった。
「なんだか春野さんらしいなあ」
美鈴はふっと笑い、お茶を一口すする。
「春野さんって、なんか安心感あるんですよね。こうやって一緒にいると、肩の力が抜けるというか」
「そんなふうに言っていただけると、こちらも嬉しいです」
「さて、次は何お願いしようかな。もう一度唐揚げでもいいくらいだけど……次は違う料理も食べてみたいし」
「もちろん、ご希望があれば何でも。ジャンル問わず、言ってください」
「じゃあ、今度はちょっと洋食系いってみようかな」
「承知しました。何がいいか、また思いついたら教えてくださいね」
スパイスの余韻と、ほのぼのとした会話の流れの中、午後の穏やかな時間が過ぎていった。




