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第71話 近づく距離

 チョコレートを食べて幸せな時間が一段落したころ、柚月がぽつりと声をあげた。


「春野さん、次の企画どうしましょうか?」


 透子はコーヒーのカップを持ちながら、にこりと微笑む。


「高山様は、何か案はありますか?」


 その呼び方に、柚月が少しだけ不満げな表情を見せる。


「ねえ、そろそろ“高山様”ってやめません?」


「……え?」


 不意を突かれた透子が、きょとんとした顔になる。


「いや、ほら。立場的なこととかあるのはわかるんですけど……なんか、他人行儀すぎて。もうちょっと、こう、距離縮まった感じにしたいなって」


 そう言いながら柚月は、手で小さな距離を作るジェスチャーをする。


「せめて“高山さん”とか、“柚月さん”とか……」


「なるほど、確かに“様”付けは少し堅苦しいですね」


 透子は納得したようにうなずき、柔らかな笑みを浮かべる。


「では、これからは“高山さん”とお呼びします」


「え、柚月ちゃんとかでも……」


「……流石にお客様ですので、“高山さん”で」


 ぴしゃりと断言され、柚月は肩をすくめる。


「……まぁ、及第点ってことで納得しておきます」


 二人はくすっと笑い合った。


 その後、透子はコーヒーカップを片付け、腰を上げる。


「それでは、仕事に戻りますね」


 柚月も、それ以上引き留めることはなかった。透子が少し長めに休憩してくれていたことは、言葉にせずともわかっていた。


 しかし、リビングから少し首を伸ばしながら声をかける。


「ところで春野さん、次のテーマは考えてくれました?」


 透子は立ち止まり、少し考え込んだあと言った。


「そうですね……チョコレートのアイス、なんていかがでしょう?」


「アイス!いいですね!」


 柚月の声が一段階高くなる。


「チョコのアイスも種類たくさんあるしどれにしようかな」


「たくさんあって悩みますよね」


 そうして、新しいお題がチョコレートアイスに決まった。


 透子は軽くうなずきながら、掃除用具を持って再び仕事へと戻る。リビングを背にして作業へ向かう後ろ姿に、柚月は小さく手を振った。


 その後も透子は黙々と掃除を続け、いつもより細かい箇所まで手を入れていく。柚月の努力のおかげで、作業に集中できる時間が少し増えた。


 作業を終える頃には部屋もすっかり整い、透子は満足そうにエプロンを外して身支度を整える。


「今日はいつもできない所が少し手を出せました」


「ありがとうございます。チョコアイス楽しみにしてます」


 互いに笑顔で言葉を交わし、透子は静かに玄関のドアを開ける。


 外の空気はまだ午後の陽射しが残っていて、どこか心地よい暖かさを含んでいた。


 透子は柔らかな足取りで帰路についた。


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