第70話 異国と王道
唐揚げを食べ終えた柚月は、満足そうに箸を置き、キッチンで洗い物をしている透子へ声をかけた。
「春野さん、チョコレート食べましょ〜。コーヒーもお願いします〜」
その声に、透子はふっと小さく笑みをこぼし、二人分のコーヒーを用意し、リビングに向かった。
「じゃあチョコレート交換、しましょ?」
柚月がにこにこしながら、小さな紙袋をテーブルに置く。
「はい、これ。前にベトナム料理食べに行ったお店で売ってたチョコレート。美鈴を誘ってまた行って、買ってきました」
透子は少し驚いたようにきょとんとする。
「チョコレート……ですか? なんて書いてあるか、読めませんけど」
箱から出てきたのは、白や黒、赤や緑のビビッドな包装に包まれたスティック状のチョコレートたち。文字はすべて日本語でも、アルファベットでもなく、異国の言葉で装飾されている。
「冒険するなら大冒険!何味かもよくわかりません。でもお店ではチョコレートって書いてありました」
どうぞ、と柚月は透子の方へチョコの箱を向ける。
「そうなんですね。では私は黒い包装のを。ビターっぽいので」
「じゃあ私は、白。甘いのかな?」
柚月の「せーの」の掛け声で、二人同時に口へ運ぶ。
一口。
沈黙。
そっと視線が重なり、柚月が表情を歪める。
「び、微妙……」
「……私のも、正直あまり……」
柚月が首をかしげながら、
「なんか、甘くないし、ちょっと酸っぱくて……紅茶っぽい? いや、何これ?」
透子も小さくうなずきながら、
「酸味、強いですね……それに少しピリッとします」
「チョコレートって、こんな味でしたっけ? 全然想像と違った……」
「でも……海外のチョコレートって、日本人の舌に合わせてる訳ではないので。日本人が選んで売ってるものじゃない限り、こういうものも多いのかもしれませんね」
「なるほど。日本で買えるのって、日本人が美味しいって思うのだけを厳選して輸入してるからか……春野さん、天才です」
と、柚月は感心したように言い、そっとベトナムチョコをテーブルの端に寄せた。
その仕草があまりに自然だったので、透子は思わずくすりと笑ってしまう。
「……なんで笑ったんですか?」
「いえ。高山様が、子供が嫌いな野菜をこっそり端に避けるみたいだったので」
「もー、ひどい。そんな子供じゃありません」
頬を少しふくらませる柚月に、透子は自分の紙袋から箱を出した。
「では、次は私の番です。ロ〇ズのポテトチップチョコレート。通常のとホワイトチョコの2種類ですかね」
「ロ〇ズ!? チョコの王様!春野さん食べたことなかったんですね」
「チョコレートは食べたことあるんですが、ポテトチップのは食べたことがなくて。高山様は召し上がったこと、ありますか?」
「あります。なので、今回はノーコメントで……まずは春野さんからどうぞ!」
透子は普通のチョコレートの方の袋を開け、1枚をつまむ。
一口食べた瞬間、目を丸くする。
「おいしい!……甘さと塩気のバランスが絶妙です」
「でしょでしょ!甘じょっぱいの最強なんですよ!私も食べたい!」
柚月も1枚食べて、満足げに微笑む。
「次はホワイトチョコ、いってみてください!」
透子は袋を開け、ホワイトチョコのを1枚取り、口に運ぶ。
「こちらも美味しいですね。ミルクのコクが強くて、でも甘じょっぱくて」
「そうなんです!ホワイトチョコ好きにはたまりません!」
透子は箱を手に取り、くるりと回して裏面をじっと見つめる。
「ただ……これ、カロリーが気になります」
その様子を見た柚月が、慌てて手を伸ばして制止するように声をかける。
「やめた方がいいですよ!私、前に見ちゃって……冷蔵庫にそっと戻しましたから」
だが、透子の目は既に数値を捉えていた。
「……見て、しまいました」
静かに告げたその表情には、ささやかな後悔が滲んでいる。
「だから言ったのに〜……罪悪感との戦いが始まるんですよ」
「一日の枚数を決める、というのはどうでしょう?」
「そうしてました。でも、守れた試しがありません」
ふたりは笑いながら、残りのチョコレートにも手を伸ばしていく。
「これは……止まりませんね」
「ほら、もう次の手が動いてますよ」
気がつけば、二人の目の前の箱はだいぶ軽くなっていた。
幸せな甘さが、部屋いっぱいに広がっていた。




