第69話 二人の時間を少しでも
火曜日。柚月宅への訪問日。
昼一に到着した透子は、いつものようにインターホンを押し、応答があってから部屋へと上がる。柚月の声にも表情にも、どこか晴れやかさがにじんでいた。
「こんにちは。おじゃまします」
「どうぞー」
挨拶を済ませ、室内へ入る。
最近は少しずつ片付けるようになってきたとはいえ、やはり一週間も経てば元通り──というのがこれまでの流れだった。だが、今日は違った。
玄関から続く廊下、そしてリビング。物が床に散らばることもなく、ソファのクッションも整えられている。細かな埃も目につかず、ぱっと見でもかなり整っていた。
唯一、キッチンのシンク横には宅配弁当の容器が数個、そして並んだペットボトルが日常の名残を示している。
エプロンを着け、唐揚げの下ごしらえをしていると、柚月が少し照れたように声をかけてきた。
「ご飯のあと、チョコ交換の時間って、いつも仕事なのでってすぐ行っちゃうじゃないですか。だから、少しでも気にせず一緒にチョコ食べてもらえるように、片付け頑張ったんです」
その言葉に、透子は一瞬だけ手を止めた。苦手な片付けをしてまで、自分との時間を心地よく過ごそうとしてくれたことに、胸がじんわりと温かくなる。
「……ありがとうございます。とても嬉しいです」
「だから今日は、少しは一緒に」
「いえ、それなら今日はいつも手をつけられなかった場所にも手が伸ばせます」
透子が冗談めかして笑うと、柚月はぷくっと頬をふくらませた。
「違いますってば。一緒にチョコ食べたい時間なんですから!」
「でも私はお仕事中なので」
「春野さんって、冗談なのか本気なのか、ほんとにわからないときありますよ……」
「本気ですよ。でも、今日は少し長めに休憩させてもらいますね」
そう言って、透子はやや柔らかい微笑みを見せる。それだけで、柚月の表情もふっと緩んだ。
そんなやり取りのなか、唐揚げがちょうど揚げ上がった。ジュワッという音と共に立ち昇る香ばしい香りが、部屋に広がっていく。
「おお、唐揚げ!」
「名取様からのリクエストで、今日は唐揚げです。私の好きな味付けなんですが、お口に合うかどうか」
二人はリビングへ移動し、柚月が唐揚げを一口。
カリッという歯ごたえの良い音。
「……おいしーっ!」
柚月は瞳を輝かせながら口を動かす。
「すごいスパイシー!あまり食べたことない唐揚げかも。クセになるー」
「少し前に流行ったアウトドアスパイスを使ってるんです。初めて出会った時は嬉しくて、しばらく何にでもかけてました」
「えー、なにそれ!ステーキとかにも合いそう」
「もちろん合います。ステーキにも合いますし、野菜炒めにも使えて万能なんです」
「このスパイス定期的に使って欲しいです」
唐揚げを頬張りながら楽しそうに話す柚月の姿に、透子も自然と口元が綻んだ。
美味しいものと、ちょっとした工夫。 そして、誰かに届けたいという気持ち。
その全部が、いま、目の前の空間にちょうどよく満ちていた。




