第67話 肉じゃがとリクエスト
水曜日、美鈴宅。
いつものようにインターホンを鳴らすと、数秒後にオートロックが開く。扉の前に立つと、美鈴が軽やかにドアを開けて出迎えてくれた。
「こんにちは、春野さん」
「こんにちは。今日もよろしくお願いします」
挨拶を交わして中に入ると、美鈴はにこやかに一言添えた。
「ゆずに話して、これからお昼ご飯はネタバレ禁止にしときました。先に知っちゃうと驚きがなくなるので」
「そうなんですね。今日のメニューは少し変わり種で、マッシュポテトの肉じゃがです」
「ん? ちょっと聞き慣れない名前が……」
「ゴロゴロしたじゃがいもの代わりにマッシュポテトを使って肉じゃがを作りますね」
「えっ、それって……あ、でも、聞いたことはあるかも」
透子はカバンから材料を取り出し、手早く準備に取りかかる。
柚月宅でも好評だった『マッシュポテト肉じゃが』。家庭料理にひと工夫加えたアレンジレシピだ。
料理のできる美鈴は、知っていたようだが、実際に食べたことがなかったらしい。
「ほんとにマッシュポテトに肉じゃがのっけるんですね……こうやって作るんだ」
「定番の家庭料理もいいですが、たまには変化があると楽しいですよ」
そんな会話を交わしながら完成した料理をテーブルに運ぶと、美鈴は手を合わせて、いただきますと笑顔で言った。
一口食べて、目を丸くする。
「わ……これ、めっちゃ美味しい。じゃがいもがゴロっとしてるのもいいけど、こっちのほうが味がなじんでて好きかも」
「高山様も、こっちのほうが好きかもしれないとおっしゃっていました」
「そうなんだ。なんか意外と合うんですね、この食感と味のバランス」
箸を進めながら、美鈴は肉じゃがにまつわる思い出話を語り始めた。
「うち、昔はよく母が作ってくれてたんです。あんまり甘くないタイプで。肉じゃがって家によって味違いますよね」
「ええ、甘めだったり、しょっぱめだったり、肉の種類も違ったりしますよね」
「私、牛肉の方が好きなんですけど、母のはいつも豚で。だからちょっと大人になって牛肉のを食べたとき衝撃でした」
「今日は牛肉にしてみましたが、ご希望があれば豚でも対応できます」
「いえ、今日はこれが正解って感じです!」
美鈴が食べている間に、透子はキッチンへ戻り洗い物を始める。
やがて食べ終わった美鈴がキッチンへやってきた。透子は洗い物の途中だった。
「やっぱり春野さんのごはんって、ほっとするんですよね」
「ありがとうございます。そう言っていただけると嬉しいです」
「こういう料理、レシピ見てもなんかやる気出なくて。でも出してもらえるとすごくありがたい」
「確かに、献立を考えるのが一番大変かもしれませんね」
水を流す音の合間に、二人の穏やかなやり取りが続く。
「次のご飯のリクエストしてもいいですか?」
「もちろんです。材料や時間によっては先になるかもしれませんが、できる限り対応します」
「最近、無性に唐揚げが食べたくて。カリッとした衣にジューシーなお肉、想像するだけでたまらなくて……次はそれ、お願いしてもいいですか?」
「唐揚げですね。もちろん大丈夫ですよ」
「唐揚げも、おうちによって全然違うじゃないですか。下味がしっかりめだったり、衣が片栗粉だけだったり、小麦粉混ぜてふんわりだったり……春野さんの味付け、すごく気になるんですよ」
「かしこまりました。次回は唐揚げをご用意しますね。どんなタイプかは、食べてからのお楽しみということで」
「ふふ、いいですねそれ。ゆずには私からちゃんと説明しときますんで、唐揚げでお願いします!」
透子は微笑みながら頷いた。そんな二人の時間が、静かに流れていくのだった。




