第65話 アレンジメニュー
火曜日の午後、透子は柚月宅のチャイムを鳴らした。
「こんにちは、春野です」
インターホン越しに聞こえる声に反応して、オートロックが開く。部屋の前に着くと、柚月が扉を開けて迎えてくれた。
「こんにちは。今日もよろしくお願いします」
いつも通りのやり取りに、透子は小さく微笑みながら中に入る。
今日のメニューは『マッシュポテト肉じゃが』。家庭料理が好きだと聞いていたが、普通の肉じゃがでは面白みに欠ける気がして、少しだけアレンジを加えてみたのだ。じゃがいもをホクホクに茹でて潰し、しっかりと味を染み込ませた牛肉と玉ねぎをたっぷり乗せる。見た目は洋風だが、味はしっかり和風。
「マッシュポテト……に、肉じゃが……?」
キッチンの様子を覗き込んだ柚月が、不思議そうに首を傾げる。
「はい。名取様から、高山様は家庭料理がお好きだとうかがいましたので。定番の肉じゃがも考えたのですが、今日はちょっとだけ変化をつけてみたんです。ホクホクのマッシュポテトの上に、甘辛く煮た牛肉と野菜を乗せて和風仕立てにしてみました」
「そんなの初めて聞きました。でも美味しそう」
食卓に料理を並べると、柚月は嬉しそうに手を合わせた。
「いただきまーす」
一口運ぶと、ふわりとしたマッシュポテトと、しっかり味の染みた牛肉の組み合わせに、目を輝かせた。
「うわ……これ、めっちゃ好きかもしれない」
「よかったです。和食の素朴さも残しつつ、少しだけ変化を加えてみました」
「たぶん、普通の肉じゃがより好きかも……っていうか、私の好みをちゃんと取り入れてもらえてるって、すごく嬉しいです」
柚月はふと箸を止め、少し考え込むような表情になる。
「これって、美鈴が私の好きなものを伝えてくれたからですよね」
「ええ。チーズと家庭料理系がお好きと」
「そっか……じゃあ、私も美鈴の好きなもの、ちゃんと伝えとかなきゃ」
そう呟いた柚月は、腕を組んで唸るように考え込む。
「うーん……美鈴の好物……って言われても、好き嫌いないんですよね。なんでも食べるし、しいて言うならお肉かなぁ?」
透子は思わずくすりと笑う。
「甘いものとか、辛いものとか、ジャンルでも構いませんよ」
「あ、辛いのは好きかも。でも、私が辛いの苦手なんで……」
「なるほど。辛い料理はちょっと難しいですね」
「お肉だらけのメニューも多分違うしなぁ……それはそれで見てみたい気もしますけど」
「たとえば、ローストビーフに、角煮に、照り焼きチキン……副菜にも肉、スープにも肉、みたいな感じでしょうか」
「すごい……逆にちょっと見てみたいかも!」
二人は想像しながら笑い合い、ほんのひととき楽しい空気が食卓を包んだ。
「何か思い出したら、また教えてください。好みに合わせた献立を考ます」
「はい、どうせなら驚かせたいので気づかれないようにリサーチしときます」
柚月は箸を進めながらにっこり笑い、透子もまたあたたかな笑みを返すのだった。




