第62話 休日の電話
日曜日の朝。透子は自宅のダイニングで、ゆっくりと紅茶を淹れながら今日の過ごし方を考えていた。久しぶりに丸一日予定のない休み。部屋の模様替えでもしようか、それとも新しく見つけたレシピを試してみようか。そんなことを思いながら、静かな朝の空気を楽しんでいたそのとき、スマートフォンが震えた。
画面に表示されたのは、勤務先のチーフ、吉永からの着信だった。
「もしもし、春野さん? 朝からごめんなさい」
「おはようございます。いえ、大丈夫です。何かありましたか?」
「うん、実は今日の13時からの案件で急な人手不足が出ちゃって。椎名さんが体調不良で急遽休むことになってね。代わりがどうしても見つからなくて……春野さん、お願いできないかな?」
「わかりました。今日は特に予定もありませんし、お引き受けします」
「本当? 助かるよ! 詳細は会社にあるから、一度寄ってくれる?」
「承知しました。すぐに向かいます」
透子は手早く身支度を整え、通勤バッグに必要な道具を詰めて家を出た。
職場に到着すると、吉永チーフが申し訳なさそうに出迎えた。
「ごめんね、急なお願いで……これ、今日の訪問先の情報ね」
吉永が差し出したタブレットには、訪問先の基本情報と、椎名が残したメモが表示されていた。
「白石さん、40代の男性。一人暮らしで2LDKのお部屋。隔週で椎名さんが入ってるんだけど、毎回掃除を中心にやってもらってる」
「内容は……掃除機がけ、お風呂、トイレ、キッチンの掃除ですね」
「そうそう。だいたい2時間でできる範囲を全体的に。でも、お客さんがその場で気になるところを言ってきたら、そこを優先して、他を軽くするっていう柔軟な対応が多いみたい」
透子は椎名の残した丁寧な作業メモに目を通しながら、頭の中で段取りを組み立てていく。その姿に吉永は小さく頷いた。
「白石さんには、代理で春野さんが伺うことはもう連絡してあって、了承ももらってるから安心してね。初回対応は慣れてると思うけど、いつものようにお願いね」
「承知しました」
タブレットを閉じかけた透子に、吉永がふと思い出したように声をかける。
「あと、春野さん。初めての場所はちょっと迷いやすいんだったよね」
透子は少し照れたように笑って頷いた。
「ええ、少し……方向音痴でして」
「そう思って地図、印刷しておいたから持っていって。一応説明もするね」
吉永は机の上から、数枚の紙を取り、透子に渡す。
「駅を出たら、まずは東口から出てね。すぐ正面にコンビニとパン屋さんが並んでるはずだから、まずはそこまで直進。パン屋さんを過ぎると信号があるから、そこを左。そこから先は静かな住宅街になるけど、そのまま3分ほどまっすぐ進めば右手にマンションが見えてくるよ」
「了解しました」
「外観の写真も印刷してあるから、これを見ながら歩けば迷わないと思う。左側にも似たような建物があるけど、右側だからね。道に不安を感じたら、すぐに電話してくれていいから」
「ありがとうございます。ここまで細かく教えてもらえたら安心です」
透子は資料を受け取りながら、微笑んだ。
「春野さんなんでもできるから、私が力になれることって道案内くらいなのよね」
吉永は少し冗談めかして笑い、透子もつられて小さく笑う。
「いえいえ、まだまだです。迷うといけないので少し早めに出発しますね」
「よろしく頼んだわよ」
透子は丁寧に一礼し、資料をバッグにしまうと足早に会社を後にした。
目印の地図と写真を何度も確認しながら、透子は白石宅へと向かって歩き出す。




