第61話 完璧じゃないところ
グラタンを食べ終えた美鈴は、コップの水をひと口飲むと、口を開いた。
「春野さんって、なんでもできるよね。掃除も料理も完璧。正直、隙がないっていうか……」
「そんなことはありませんよ」
透子はやや困ったように微笑む。
「いやいや、ほんとに。逆にさ、できないことってあるの? なんか、苦手なこととか」
「……そうですね。方向感覚はあまり良くありません」
「えっ、意外!」
「慣れていない場所に行くと、地図を見ても反対に歩いてしまうことがあります。仕事のときは事前にかなり綿密にルートを調べてから行動しています」
「へぇ、まさかそんなところに弱点があったとは。ちょっと親近感わいた」
透子は少し照れくさそうに、続けた。
「あと……人混みもあまり得意ではありません。特にイベント会場のような場所は、音や人の流れに気を取られてしまって、疲れやすくなります。できるだけ静かな環境で過ごしたいと思うことが多いです」
「へぇー、なんかますます人間らしくていいね。」
美鈴は納得したようにうなずく。
「……ゲームもあまり得意ではありません。特に、画面が早く動くタイプのものは、見ているだけでも疲れてしまって。」
「なるほどなるほど。FPSとか絶対無理だ」
「そうですね。視点が早く動くともう何が何だか……」
「FPSってわかるんだね」
「……えーっと……聞いたことある程度ですが」
透子は少し恥ずかしそうに頬に手を当てた。
「まぁFPSゲームも増えたし有名なのも多いしね」
「……はい。パズルゲームくらいなら、なんとか楽しめますが、反射神経を問われるものは全般的に苦手ですね」
「春野さんがゲームしてる姿、ちょっと見てみたいかも。もしかして、ものすごく真顔でやってそう」
「……きっとそうですね。」
「でも、そういうとこも含めて春野さんらしさって感じ。無理に楽しそうにしようとしないところが逆に安心する」
美鈴の言葉に、透子は目を細めた。こうして自分の苦手な面を受け止めてくれる相手がいることに、胸の奥がふわりと温かくなる。
「他にもあります?」
「強いて言えば……SNSなどの使い方も少し苦手です。仕事上の報告程度はできますが、写真を上げたり、コメントを見たりというのはあまり慣れていません」
「なるほど。確かに、春野さんがインスタでスイーツ撮ってる姿とか、あんまり想像できないもんね」
「正直、フィルターとかもよくわからなくて」
透子が苦笑すると、美鈴は吹き出した。
「でもいいじゃん。そういうのに無理して合わせようとしないの、私は好きだな」
「できないことがないと思われがちですが、得手不得手はあります。そう見えないよう努力はしていますが」
「その努力も込みで、やっぱすごいと思うよ。さすが、私たちの憧れの人」
「……憧れ、ですか?」
思わず聞き返すと、美鈴はいたずらっぽく笑った。
「そりゃこんな理想的な人、周りにいないし憧れちゃうよ」
透子は目を伏せ、苦笑いとともに胸の奥にじんわりと優しい明かりが広がってくような気がした。




