第59話 毎週バレンタイン宣言
甘くて心地よい時間が一段落し、透子はそっとカップを置いた。
「そろそろ、仕事に戻りますね」
ぴしりとしたその一言に、柚月が頬をふくらませた。
「えー、もうちょっとだけ話しましょうよ~。今日のチョコ、ほんとに美味しかったから感想もっと語り合いたいのに~」
透子はわずかに心が揺らいだが、すぐに表情を引き締めて答える。
「申し訳ありません。勤務時間中ですので」
少し肩を落とした柚月だったが、すぐに顔を上げて笑う。
「ですよね~……わかってます、わかってます」
「ご理解ありがとうございます」
そう言いながら、透子は掃除道具を手に取り、リビングの隅に目を走らせる。テーブルの下、窓際のほこり、棚の角。気になるところを丁寧に拭き取っていく。
静かに掃除を進める背中に、ふと柚月の声が届く。
「チョコの交換、これからも続けたいです」
不意打ちのようなその言葉に、透子の手が少しだけ止まる。
「私も、新しい発見があって楽しいです。よろしければ、今後もぜひ」
「ちょっとの時間でもいいので、一緒に食べてくださいね? おしゃべりしながらの方が絶対美味しいですし」
振り返ると、柚月がソファから覗き込むようにしてこちらを見ていた。その目の真剣さに、透子は微笑みを浮かべて頷いた。
「わかりました」
(本当に可愛い人だな)
そう思いながら、透子は再び手を動かしながらも、どこか浮き立つような気持ちを抑えきれなかった。
「じゃあ、次のお題はコンビニやスーパーで買えるシリーズとかどうですか?」
「お題までついているんですね」
透子が思わず笑うと、柚月もにんまりと笑い返した。
「毎回テーマがあったほうが面白くないですか? 探すのも楽しくなるし」
「確かに、それは楽しそうですね。私も何か考えてみます」
「やった、楽しみです! 春野さんが選ぶお題、興味あります」
ふたりはしばらく軽口を交わしながら、いつの間にか自然な空気が流れていた。
やがて時間になり、透子は一通りの作業を終え、道具を片づけはじめた。
「そうだ」
柚月がふと立ち上がり、リビングへ戻りチョコレートの小袋を手に戻ってくる。
「これ、今日一緒に食べたホワイトチョコ。ちょっと食べちゃいましたけど……交換会なんで、残りは春野さんに」
「ありがとうございます。ありがたくいただきます」
透子が丁寧に受け取ると、柚月が照れたように笑った。
「なんか……バレンタインみたいですね」
「チョコレートの交換なんて、確かにそうかもしれませんね」
「うん。だから……これからは毎週バレンタインですよ。覚悟しておいてくださいね」
無邪気な笑顔と宣言に、透子の胸がじんわりと熱を帯びた。
(推しとのチョコレート交換……こんな日が毎週あるなんて)
嬉しさと、少しの戸惑いと、それでも止めようのない高揚感。
透子は心の中で、改めて思った。
(私は今、本当に……恵まれている)




