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第58話 グラタンと甘いひととき

 豆腐グラタンが焼き上がり、オーブンから香ばしいチーズの香りが立ち上る。透子はグラタン皿をミトンでしっかりとつかみ、慎重にリビングのテーブルへと運んだ。


「お待たせいたしました」


「わー、すっごくいい匂い……!」


 柚月は身を乗り出すようにしてグラタンを見つめ、一口すくって口に運ぶ。


「……んっ! おいしいっ! チーズたっぷり! めっちゃ幸せ!」


「たっぷり使いましたから。豆腐がベースなので、満足感はそのままに、罪悪感は少し軽めになっているかと」


「ほんとにそれ、神メニューです。こんな美味しいのにヘルシーなんて……最高」


「お気に召していただけて嬉しいです」


 透子はそう微笑むと、食事の邪魔にならないようにとキッチンへ戻ろうとする。


「あっ、春野さん」


「はい?」


「これ食べ終わったら、チョコ一緒に食べましょう」


 振り返った透子の動きが一瞬止まる。


「ですが……私は今、お仕事中ですので」


「大丈夫です。一緒に食べるのも、お仕事です。ちゃんとコーヒーも用意してください。美味しいのお願いします。カップはどれでも使っていいので、二つ」


 笑顔で言われ、透子はほんの少し口元を緩めた。


「……承知いたしました。お食事が終わるまでにキッチンを片付けておきます」


「はーい」


 透子は静かにキッチンへ戻り、食器を手に取りながら心の中にじわっと温かさが広がるのを感じていた。


(一緒に食べましょうって、すごく嬉しい言葉)


 推しと距離が近い日常。その中でも、信頼をもって接してもらえていることが、何より嬉しかった。


 やがて、食事が終わる頃を見計らって、透子はコーヒーを二つ用意する。


「お下げいたしますね」


 テーブルのグラタン皿をシンクに浸け、ふたたびリビングへ戻る。


「ホントにいいんですか?」と改めて尋ねると、柚月はくすっと笑う。


「お茶とか入れてくれる仕事先ってないんですか?」


「高齢のご依頼人様だと、逆に入れてくださることもありますね。ありがたいんですが……話し込まれてしまって、どう仕事に戻るか悩むことも」


「じゃあ、私もそのおばあちゃん枠ですね。春野さんや、そこへ腰かけなされ」


 柚月がおどけてそう言い、ふたりは笑い合う。そして、いよいよテーブルの上にチョコレートの小箱を並べ、ティーカップを手に取った。


「では、いただきます」


「いただきますっ」


 一粒目を口に入れた柚月が目を見開く。


「うわっ、これ……ほんとに黒糖とカカオって感じ。コクがすごい!なのに全然しつこくない!」


「ありがとうございます」


「大人の味ですね。これ、ワインにも合いそう」


「そうですね。お酒と合わせるのもおすすめです」


 今度は透子が柚月の選んだチョコを口に運ぶ。


「……本当に口どけが良いですね。ミルク感もしっかりしていて、華やかな風味が広がります」


「でしょ!口に入れた瞬間溶けるの、すっごく好きなんです」


「ホワイトチョコ、あまり得意ではなかったのですが、これはとても美味しいです」


「やったー!春野さんの好みの幅を広げました!」


「ふふ、素敵な発見をありがとうございます」


 チョコレートと温かい飲み物を囲みながら、ふたりの会話はとろけるように続いていった。


 静かで甘く、心地よい時間が、今日の午後を優しく彩っていた。


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