第56話 完璧なお姉さんの素顔
昼食の準備が整うのを待つ間、美鈴がゆったりとした口調で話しかけてきた。
「でもね、ゆずの気持ち、ちょっとわかるんですよ」
透子はフライパンを動かす手を止めずに、ちらりと振り返る。
「と、いいますと?」
「春野さんってさ、ザ・完璧なお姉さんって感じじゃないですか。優しくて、気が利いて、いつも丁寧で。私も憧れますもん」
その言葉に、透子は一瞬言葉を詰まらせ、照れくさそうに視線を落とす。
「いえ、そんな……私は、まだまだ未熟な点も多いです」
「いやいや、そういうとこがですよ」
美鈴はそう言ってお茶をひと口飲むと、ふと思いついたように顔を上げた。
「答えたくなかったらいいんですけど、春野さんって……結婚されてるんですか?」
「いいえ、していません」
「なるほどなるほど。血液型ってA型ですよね?絶対A型だと思うんですよ」
「……はい、A型です。よく当てられます」
「でしょー!そういう気がしてたんです」
キッチンで手を止めることなく、透子は少し困ったような笑みを浮かべた。
「お休みの日とかって、何されてるんですか?」
「家の掃除をしたり、読書をしたり、ネットで料理を覚えたり……特に変わったことはしていませんよ」
「やっぱり!想像通り!完璧か~!」
テンションがどんどん上がっていく美鈴に、透子は少しだけ目を丸くする。
「テレビとかは?バラエティーよりニュース派とか……」
「確かに、バラエティーよりはニュースを見ることの方が多いですね」
「ですよね!ドラマとかは?」
「たまに気になるものがあれば観ます。でも毎週欠かさずというわけではありません」
「じゃあ、動画配信のサイトとかって……あんまり見ない感じですか?」
その質問に、透子の手がふと止まる。心臓が一瞬跳ねたような感覚。だがすぐに微笑みを戻し、少しだけ焦ったような声で答える。
「ええ、あの……料理のレシピを調べたりするときに、料理系のチャンネルを見ることはありますけれど……」
「なるほどなるほど~。聞けば聞くほど、理想女子ですね……」
美鈴は感嘆したようにため息をつきながら、透子をじっと見つめる。その視線に、透子は少し頬を紅潮させながらも、落ち着いた手つきで最後の盛り付けに取りかかった。
「普通です普通。特に変わったことはしてないです」
「それがすごいんですよ~」
さらりと会話が進む事に、透子は少しだけ拍子抜けし、密かに安堵の息をつく。深読みされるような気配はない。先ほどのドキッとした気持ちをそっと胸の奥にしまいながら、ふと視線を上げる。
「私なんて、バラエティーしかテレビ見ないし、休みとか動画見てたら一日終わっちゃいますよ~」
屈託なく笑う美鈴の様子に、透子もつられて微笑んだ。
「それも、リフレッシュには大切な時間ですね」
「それはそうなんですけど、私も普通ですって言って本読んだり料理の勉強したりしたい!」
「私の場合は、仕事でもありますし……」
「そういう謙遜したりするとこも!ほんと理想のお姉さんって感じで、私、春野さんのことめちゃくちゃ尊敬しちゃいます!」
「あ、ありがとうございます」
あっけらかんと褒めてくる美鈴に、透子は自然と笑みを浮かべる。その言葉を素直に受け取りながら、ほんのり頬を染め、ふたりの穏やかな時間がゆっくりと流れていった。




