第55話 柚月の好き
水曜日、春野透子はいつも通りの時間に名取美鈴のマンションを訪れた。
インターホンを鳴らすとすぐに美鈴が扉を開け、にこやかな笑顔で迎え入れてくれる。
「おはようございます、春野さん。どうぞー」
「おはようございます。本日もよろしくお願いします」
玄関を抜けてリビングに入ると、透子は目を細めた。先週よりも整った部屋は、散らかっていた痕跡もなく、生活感はあるものの清潔そのものだった。
透子はエプロンを装着し、早速昼食の支度に取りかかる。
キッチンで食材を並べていると、美鈴がリビングから声をかけてきた。
「そういえばさ、この前のドライカレー、予想通りゆずめっちゃすねてた」
「ええ、私が訪問した時も、少し……」
透子は苦笑いを浮かべた。
「でもあの子、すねてるときがまた可愛いから、いじめたくなっちゃうんですよね」
美鈴はソファに寝転びながら、どこか楽しげに目を細めた。
「仲が良いんですね。実は……そのお姿、少しわかる気がします」
「でしょ~? すねた顔とか、むくれてる時とか、もう可愛くて可愛くて」
「私もこの前、その……ちょっと意地を張るような言い方をされて、ふふ……何だか微笑ましくなってしまって」
「わかるー!あの絶妙なめんどくささがクセになるんですよ!」
二人は目を合わせて、くすくすと笑い合った。
「それでですね……」
「うん?」
「高山様から、次は私が先に美味しいご飯食べたいとおっしゃられまして」
「ははっ、なるほど。あの子、意地でも先手取りたいって感じだったもん」
「ですので、何か高山様のお好みの料理をご存じでしたら、教えていただけると助かります」
透子の言葉に、美鈴は一度考えるように視線を天井へ向けた。
「うーん……あの子、チーズ系好きですよ。チーズインハンバーグとか、ピザとか……あと、なんていうか、家庭料理っぽいの。前に“きんぴらごぼうが神”って言ってた」
「貴重な情報、ありがとうございます。次の献立の参考にいたします」
「あ、そうだ、もうひとつ伝えておかないと」
「はい?」
「春野さんのこと、大好きですよ、あの子」
一瞬、時間が止まったように感じた。
「っ……」
透子は思わず手を止め、ややぎこちなく振り返る。
「それは、その……どういう意味で……?」
「文字通りの意味で! もちろん、お姉さん的な存在としてって感じだけど……なんか、信頼してるし、憧れてるっぽいよ」
からかうような笑みと共にそう続ける美鈴に、透子は小さく息をつきながらも頬がわずかに紅くなるのを感じた。
「そう……ですか。恐縮です」
「春野さん、ほんとにプロで仕事きっちりだし、でもちゃんと優しくて」
美鈴はお茶を一口飲んで、にっこりと微笑んだ。
「だから、ゆずのことよろしくね」
その言葉に、透子は少し戸惑いながらも、静かにうなずいた。
「……かしこまりました」




