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第53話 甘くて高いご褒美

 透子はキッチンでペットボトルの分別作業に取り掛かっていた。キャップとラベルを外し、資源ごみに分けていく。静かな作業の中に、ささやかな満足感があった。


 そのとき、背後からぽつりと声がした。


「……あの、隠し味のチョコで思い出したんですけど、最近チョコってすごく高くないですか?」


 振り返ると、食後の余韻に浸りながらソファに腰掛けていた柚月が、空のグラスを両手で持ったままこちらを見ていた。


「ええ、本当に。どのメーカーの商品も、最近は値上げ続きで、私もスーパーで棚を見ては驚いています」


 透子が答えると、柚月はうんうんと頷いた。


「チョコレートのお菓子、大好きなんですよ。ガトーショコラとか、生チョコとか、あとビターなやつも最近好きで。だけど、太っちゃうからできるだけ我慢してるんです」


「でも、新商品を見かけると、つい手が伸びてしまうんですよね」


「そうなんです!わかってるのに買っちゃう。しかも、買ったら最後……家にあるだけ食べちゃうんですよ、私」


 透子はその言葉に思わず小さく笑ってしまった。


「私も同じです。お菓子売り場で一度悩んで、でも結局戻ってきて買ってしまいます。『期間限定』の文字に、どうにも弱くて」


「あるある!それでまた、ちょっと高くても買っちゃうんですよね。自分へのご褒美とか言って」


「ええ。『頑張った日には一粒だけ』と思って買っておいたのに、いつの間にか三粒、四粒……」


「……五粒、六粒……」


 二人の言葉が重なり、思わず視線が合った。そして、ふふっと同時に笑い合う。


 これまで何度も会話を重ねてきたが、こうして趣味の話題で自然に笑い合うのは、もしかすると初めてかもしれない。


 透子は、思わず口元が緩むのを感じた。気づけば、肩の力がすっと抜けて、心がぽかぽかと温まっていくようだった。嬉しさがじんわりと胸に広がり、いつもより少しだけテンションが上がっている自分に気づくが止まらない。


「最近は、カカオ成分が高いチョコレートが流行っていますけれど、私はミルク系のやわらかい甘さの方が好きです」


「わかります!ビターも好きだけど、やっぱりたまには、ミルクたっぷりのが食べたくなるんですよね……ホワイトチョコとか」


「ホワイトチョコ、おいしいですね。焼き菓子にも合いますし」


 チョコレートの話は尽きなかった。好きなブランド、最近見かけた新商品、食べ過ぎたときの罪悪感、そしてそれを帳消しにするための言い訳まで。


 柚月が、心から楽しそうに話す姿を見ながら、透子は思った。


(こうして話せるようになれたんだな……)


 それは、少しずつ築いてきた信頼の証だった。


 柚月が空のグラスを差し出してきた。


「これ、お願いしてもいいですか?」


「お預かりします。ありがとうございます」


 グラスを受け取った透子の指先に、ほんのわずかに触れた柚月の指が、ちょっとだけ温かかった。


 キッチンに戻りながら、透子はふと微笑む。


 チョコレートみたいに、少しだけ甘くて、日々の疲れが癒えるような――そんなひとときが、今日ここにあったのだと。


 それは、何よりのご褒美だった。

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