第50話 先手のドライカレー
水曜日。透子はいつものように名取美鈴のマンションへ向かっていた。
(さて、今日は少し趣向を変えて……)
美鈴との会話で「ゆずより先に何か作ってほしい」と言われたメニュー。その時に思いついたのが、ドライカレーだった。カレーは以前に好評だったし、隠し味にチョコレートを入れるアレンジも柚月が好んでいた。これなら美鈴にも気に入ってもらえるし、柚月がうらやましがりそうな要素もある。
ピンポンを鳴らすと、すぐに美鈴がドアを開けた。顔色も良く、寝不足気味だった前回よりも元気そうに見える。
「おはようございます、春野さん。今日もよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
中に入ると、部屋の中は相変わらず整っていた。目立った散らかりはなかったが、ゴミ袋の中には飲み終わったペットボトルやエナジードリンクの缶がいくつもまとめられており、ラベルやキャップは外されずにそのままになっていた。
「ある程度余裕はできたんですけど、これからも少し頼ろうかなと思って」
美鈴が照れくさそうに言う。
「それは大歓迎です。気になるところは全部お任せください」
透子はそう言って微笑み、今日も丁寧に仕事を進める決意を新たにした。
「今日は、以前に名取様から依頼のあった『高山様より先に作ってほしい』と言われていたので、そのリクエストにお応えしてみました」
「ホントですか!楽しみです!」
キッチンに入り、透子はさっそく下ごしらえを始める。タマネギのみじん切りを炒め、挽き肉、ピーマン、人参、トマトペースト、スパイスを加えていく。 味の決め手は隠し味のチョコレート。ほんのひとかけらを最後に加えることで、コクと奥行きが生まれる。
「今日のメニューは、ドライカレーです。少しだけアレンジを加えて、チョコレートを隠し味にしてみました」
「えっ、ゆずが好きな隠し味系!」
透子がうなずくと、美鈴の顔がぱっと明るくなる。
「うわー、それはゆずが悔しがりそう。いいですね、ありがとうございます!」
テンションが上がった様子の美鈴に、透子も微笑みを返す。
「ご飯の支度が整ったらお呼びしますので、それまでごゆっくりなさってください」
「はーい、じゃあ楽しみにしてます!」
その後、透子は手際よく調理を進め、サラダとスープを添えてプレートに盛り付ける。彩りも考慮し、目でも楽しめるように工夫した。
「お待たせしました、どうぞお召し上がりください」
「わあ……本格的……! いただきます!」
一口食べた美鈴は、目を輝かせて言った。
「うん、おいしい! ほんのり甘さがあって、スパイスの感じもちょうどいい!」
「それはよかったです」
「ふふ、あとでゆずに自慢しようっと。来週の火曜日はドライカレー作ってあげてくださいね。絶対食べたいはずだから」
「わかりました。高山様にもドライカレーお作りします」
二人の間に穏やかな空気が流れる。
美鈴が笑顔で食事を楽しんでいる様子に、透子は心の中でそっとガッツポーズを決めていた。
(今日のメニューは、正解だったみたい)
次の訪問では、また別のうらやましがらせメニューを考えてみよう。そう思いながら、透子は次の作業へと向かった。




