第46話 頼るということ
翌日の水曜日。透子はいつも通りの手順で身支度を整え、美鈴の家へと向かっていた。
インターホンを鳴らすと、応答はすぐにあった。
「おはようございます、春野です」
「おはようございます。よろしくお願いします」
美鈴は目元を指で軽くこすりながら玄関の扉を開ける。透子は小さく会釈しつつ中へと足を踏み入れた。前回の訪問時に柚月の部屋のようになっているかもと冗談で言っていたので、少し覚悟を決めて周りを見渡す。
(部屋はきれいなままですね)
そう心の中で思いながらリビングへ進むと、部屋全体がうっすらと生活感を漂わせつつも整っていることに気づく。ぱっと見では気にならないが、いつもより少しだけ雑然としている印象。
キッチンに行くと、流し台にいくつかの使い終わった容器が水に浸して置かれていた。コンビニの弁当や宅配の容器らしく、洗い物を控えた様子がうかがえる。
「ちょっとだけ……今日は頼らせてもらおうかなって思ってて」
背後から美鈴が声をかけてきた。振り返ると、どこか申し訳なさそうな笑みを浮かべている。
「もちろんです。私を呼んでくださっている以上、どんどん頼ってください」
透子はそう言いながら、手早くエプロンを装着し、お昼の支度を始める。
「掃除機も……最近かけてなくて。あと、ペットボトルもまとめてるけど、フィルムとか剥がしてなくて……もし時間があれば」
「かしこまりました。洗濯物もありましたら置いておいてください。ゴミも分別しますので、まとめて出していただければ」
そう答えながら、透子は少し微笑んだ。
「お金を払っていただいている分、遠慮なく使ってください。私たちは、そうして頼っていただけることが仕事なんですから」
「ありがとう……でも、やっぱりなんか難しいんですよね。頼るのって」
美鈴はソファに腰を下ろし、ふぅと息をついた。まるでずっと抱えていた思いを、今やっと吐き出したかのように。
「ずっと……人に頼られることが多くて。たぶん、そういう性格になっちゃったんだと思います」
「それでも、頼ることを選べるのはすごいことだと思います」
透子は優しい声でそう返した。
「名取様は、これまでたくさんの人を支えてきたんですね。でも、支えるばかりじゃ疲れてしまいます。たまには、私たちみたいな人間にも、ちょっと甘えてください」
美鈴は小さく笑いながら、視線を逸らした。
その後、透子は味噌汁を小鍋に移し、ご飯と焼き魚、小鉢を整えたお盆に載せ、リビングへと運ぶ。
「お待たせしました。どうぞ、召し上がってください」
美鈴が嬉しそうに「いただきます」と呟き、箸を手に取った。
「……春野さんみたいな人が来てくれてよかった。安心できる」
「力不足かもしれませんが、私でよければ、いつでもお力になります」
(忙しいんだな。……たくさんの人に期待されて、たくさんの声に応えながら、自分の時間を削っている)
そう感じたとき、透子の中にある思いが芽生える。
(この人が少しでも楽になれるように。家にいる時間だけでも、肩の力を抜けるように。……そうなれたらいい)
頼るという行為には、勇気がいる。けれど、その一歩を受け止めるのもまた、プロの仕事だ。
そう思える日々が、確かに透子を強くしていた。




