第44話 信頼と支え
美鈴の家事代行を終え、後片付けをしながら会話はまだ続いていた。
「私もちょっと忙しくて、いつもみたいにはいかないんです」
美鈴が、少し照れくさそうにそう言った。
「そうなんですね。先ほども申し上げましたが、せっかくご依頼いただいてるので、どうぞ存分にお使いください」
透子が穏やかに微笑みながら返すと、美鈴は口元を緩めた。
「来週はもしかしたら、ゆずの部屋みたいになってるかもですよ?」
冗談めかしたその一言に、透子もつられて笑う。
「大丈夫です。その時は全力で取りかかります。作れるものであれば何でも対応しますので、遠慮なくおっしゃってください」
「ふふっ、頼りにしてます」
和やかな空気が二人の間に流れた。表面上は軽い会話でも、その奥にある信頼関係が感じ取れる。柚月からの紹介という形で始まった関係だったが、こうして直接会話を交わす中で、少しずつ透子自身への信頼も築かれているのだと実感する。
ふと、美鈴が真顔に戻り、少しだけ声を落とす。
「私、どちらかというと、人に頼るのが下手なんですよ。なんでも自分でやっちゃうタイプで。でも、春野さんにはなんか……甘えても大丈夫かなって、思えるんです」
一瞬だけ、透子の胸に温かいものが広がる。
「ありがとうございます。そう言っていただけると、励みになります」
作業を終え、帰り支度を整えながら透子は玄関先で美鈴に軽く会釈した。
「では、また来週お伺いします」
「はーい、お疲れ様でした」
ドアが閉まり、マンションの廊下を歩き出す。エレベーターに乗り込む頃には、ふっとひと息ついていた。
今日の名取宅は、確かに疲れは見えたものの、表面的には整っていた。しかし、よく観察すれば、日々の疲労が少しずつ蓄積していることがわかる。ゴミ袋にまとめられていたペットボトルやエナジードリンクの空き缶。掃除が行き届かない棚の隅や、水回りの細かな汚れ。
それでも美鈴は、できる限り自分でやろうとしていた。仕事が忙しくても、自分の生活を自分で守ろうとする姿勢が感じられた。
(同じように忙しくても、人によって全然違う)
透子は自然と、昨日の柚月の部屋の光景を思い出していた。
山のような洗濯物、散乱したペットボトル、片付けられていないキッチン――。あの様子は衝撃的ですらあった。
だが、どちらが良い悪いという話ではない。柚月は素直に助けを求めることができるタイプで、美鈴はなるべく自力で何とかしようとするタイプ。
(どちらのやり方も、本人なりの精一杯)
透子は自分の役割を再認識する。
(だからこそ、私は両方支えなきゃいけない)
家事代行という立場から、彼女たちの生活を整える。推しである柚月だけでなく、その仲間である美鈴も。表舞台に立ち続ける彼女たちが、安心して仕事に集中できるように。
小さな支えかもしれない。それでも、その積み重ねが、彼女たちの背中を押せるなら。
(次の訪問も、全力で行こう)
透子は決意を胸に、エレベーターを降りてマンションのロビーを出た。傾きかけた太陽が、穏やかに背中を照らしていた。




