第42話 調査と決意
その日の夜、春野透子は一日の業務を終え、自宅で着替えを済ませると、キッチンで淹れたハーブティーを片手にリビングへ移動した。ソファに腰を下ろし、タブレットを手に取る。今夜は少し気になることがあった。
あれだけ部屋が散らかっていた高山柚月の様子。あんなに生活が乱れていたのは初めて行った時以来のことだった。
(何か、大きな理由があるはず)
透子はタブレットのブラウザを開き、動画配信プラットフォームで登録チャンネルの中の朝比奈柚葉のチャンネルを開いた。配信履歴のサムネイルが一覧で表示される。
「チャンピオン練習スクリム」「永遠ランクマ」「カスタムでチーム練」……。
ここ数日、同じゲームタイトルが並んでいた。FPSバトルロワイヤルゲーム『チャンピオン』。配信界隈では知らない人がいないほど有名なゲームだ。視聴者数も多く、初心者から上級者まで幅広いプレイヤーが配信を行っている。
透子はFPSには疎い。銃を持って走り回るようなゲームは操作の複雑さに加え、映像の動きに酔ってしまうため、普段は配信を見るのも避けているジャンルだった。
それでも柚月がここまで熱中しているとなれば、少しでも理解しておきたくなるのが彼女の性分。
ひとまずサムネイルの配信時間をチェックしてみる。どれも五時間を超えており、中には八時間、十時間のものもある。日付が変わってから始まり、明け方近くまで続いているものも多い。
(……これは、確かに生活リズムが崩れても仕方ない)
さらに調べを進めていくと、『Vtuberチャンピオン大会出場メンバー発表』という関連動画を見つけた。
動画を開くと、大手Vtuber事務所の公式チャンネルによるもので、出場するVtuberたちのチーム一覧が紹介されていた。
そこに『Team YMK』というチーム名で「朝比奈柚葉」「月城メイ」「天音カレン」の三人が紹介されていた。
(あっ……美鈴さんもこの大会に出るんですね)
月城メイは名取美鈴、透子が先日から担当することになった新規のお客様。そしてもう一人の天音カレンという名前には見覚えがなかった。
名前をクリックして検索してみると、大手事務所、虹ライブの所属ライバーで歌ってみた系を多く投稿するVtuberで、活動歴はそこそこ長いようだ。
(なるほど、この三人で大会に出るんだ……)
スクリムと呼ばれる練習試合が毎日行われており、さらに個人での練習配信や戦術会議なども並行して行っている様子がわかる。まさに本気の取り組み。
改めて柚葉の過去配信を少しだけ再生してみる。三人がボイスチャットで連携を取りながら、画面の向こうの敵を相手に真剣な声で戦っている。
「メイ、右から来てる!」「カレン、後ろ後ろ!」「ダウンダウンダウン、詰めるよ!」
会話のテンポも早く、戦況も刻一刻と変化していく。
透子には何が起きているのか、正直まったく理解できない。ただ、三人の声から伝わってくる集中と熱意はしっかりと伝わってきた。
(……これが、柚葉の全力)
画面の中の柚月は、真剣で、楽しそうで、仲間と共に戦っていた。
配信時間とスクリムのスケジュールを見ているうちに、来週の日曜日が本番の大会日であることもわかった。
大会までの間は、連日深夜というより朝までの練習が続くのだろう。
無理もない。あの散らかりようも、寝坊も、すべては今、この大会に全力で挑んでいるから。
(あそこまで真剣に取り組めるの、すごいな……)
透子はタブレットを膝の上に置き、ハーブティーを一口すする。
ファンであることを隠している今、手助けは限られている。それでも、体調を崩さないよう、せめて食事や生活環境の面で支えたい。家事代行という立場でできることを、全力で。
同時に、思い浮かんだ。
(ということは、名取さんも、同じように疲れているはず)
彼女の訪問は、明日。こちらも気合を入れて臨まなければならない。
透子はタブレットの画面を閉じ、再び気持ちを引き締める。
推しと、その仲間を陰ながら支える。それが今、自分にできる最善の応援なのだと、胸に刻みながら。




