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第39話 次は先手必勝

 水曜日、透子は高級マンションのピンポンを押すと、すぐに「はーい!」という明るい声が返ってくる。名乗るとロックが解除され、指定の部屋まで向かう。


 再度インターホンを鳴らすと、元気な笑顔で美鈴が迎えてくれた。


「こんにちは、春野です。本日もよろしくお願いします」


「はーい!よろしくね!」


 部屋に通されると、透子は早速エプロンを着け、キッチンに向かう。


「昨日、高山様からカレーの話を聞きました。大変喜んでいただけたようで、私も嬉しかったです」


「うん、ほんとに美味しかった!っていうか、ゆずがやたら自慢してきたから、あたしも食べたくなっちゃったんだけどね」


 透子は笑みを浮かべて頷いた。


「それで本日は、ハンバーグをご用意しようかと。昨日、高山様にお出ししたところ、名取様もきっと今日、同じものをご希望されるのではないかと」


「そうなの!昨日写真付きでライン来てて!頼んでおいてあげたよって!確かにありがたいんだけど超自慢げだった」


 透子はその話を聞き微笑ましい気持ちになりながら食材を丁寧に準備し、言葉を返す。


「その紹介いただいたデミグラスソースの煮込みハンバーグにいたします。お口に合えば幸いです」


「やったー!絶対食べたいって思ってたから嬉しい!」


 玉ねぎをじっくり炒め、合挽き肉と調味料を混ぜ合わせていく透子の動きは、慣れた手つきで淀みがない。


「そういえば、ゆずとはどう?あの子結構猫被るから」


 透子は手を動かしながら答える。


「ご自宅に伺い始めてからは、まだそれほど経っておりません。ただ、ありがたいことに信頼をいただけているようで、最初に比べて少しずつ会話も増えてきています」


「そうなんだ。ゆずがね、春野さんのこと絶賛するの。料理うまいし、掃除も完璧で、控えめなのにプロって感じで……もう『推し』って感じで語ってる」


「そ、そんなにですか」


 思わず言葉に詰まりかけたが、透子はすぐに微笑みを浮かべて続けた。


「そう言っていただけるなら、光栄です」


 準備が整い、ふっくらと焼きあがったハンバーグにデミグラスソースをかけ、プレートに盛り付ける。副菜も彩りよく添え、テーブルへと運んだ。


「うわ、レストランみたい!いただきまーす!」


 一口食べた美鈴が満面の笑みで言った。


「やば、美味しい……!ゆずが自慢してくるの、納得だわ」


「ありがとうございます。ご満足いただけたようで、何よりです」


 美鈴が食事を楽しむ間に、透子は手際よくキッチンを片付け、掃除へと移った。


 部屋全体は整っていたが、前回よりも物が増えているのが目に留まる。


(飲み物に、レトルト、カップ麺……インスタント食品が多い。名取さんは買い溜めするタイプなのかな)


 リビングに戻ると、美鈴がいたずらっぽく笑いかけてきた。


「ねぇねぇ、春野さん」


「はい、なんでしょうか」


「順番的にさ、いつもゆずに自慢されてから私が食べる側になるじゃない?なんかそれ悔しくてさ。今度はうちで先に作ってくれない?」


「……先手を取る、ということですね」


「そうそう。ゆずが『いいな~』って言いたくなるやつ、お願いしたい!」


 透子は少し戸惑いながらも、やわらかく笑った。


「かしこまりました。作れるものであれば、ぜひおっしゃってください」


「お主も悪よのう~!」


「いえ、私はあくまで家事代行ですので」


 明るいやりとりに、透子の表情もやわらかくなる。配信者であることを隠している二人に、透子が気づいているとは思っていない。その距離感を崩さずに仕事を全うすることが、今の自分の務めだと心に言い聞かせる。


「では、本日はこれで失礼いたします」


「また来週ね!次も楽しみにしてるから!」


 透子は美鈴の笑顔に見送られながら、静かにドアを閉めた。


 微笑を浮かべながら、次の献立の候補を頭の中で思い描いていた。


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