第35話 新しい信頼
洗い物を終えた透子が作り置きの準備を進めていると、美鈴が食べ終えた皿を手にキッチンへやってきた。
「わざわざ、ありがとうございます」
「いえいえ、これくらいは」
照れくさそうに笑う美鈴の顔は、食後の満足感に満ちていた。
「ほんっとに美味しかったです! 毎週、作り置きつきでこんなに美味しいの食べられるなら……リピ確定です!」
その言葉に、透子も自然と笑みがこぼれる。
「そう言っていただけて嬉しいです。こちらこそ、よろしくお願いします」
作り置きの料理が完成すると、透子はそれを丁寧にタッパーに詰め、蓋にラベルを貼って保存方法を説明する。
「こちらは冷蔵で三日以内に。こちらは冷凍可能です。温める際は電子レンジで……」
「なるほど、助かります!」
美鈴の冷蔵庫を開けると、ぎっしりと並ぶエナジードリンクに目が留まった。食材も少しは入っていて、冷凍庫には冷凍食品や下処理済みの野菜が整然と詰められている。
(やっぱり、ある程度は自炊してる人なんだ)
透子はそう感じつつ、タッパーを冷蔵・冷凍庫へ丁寧に配置した。
「それでは、掃除のほうに取りかかります。立ち入りを控えたほうが良いお部屋や、触らないでほしいものなど、ございますか?」
「うーん……あ、奥の部屋だけは入らないでください。あそこはちょっと仕事部屋みたいな感じなので。それと、リビングにあるテレビの台の引き出しもいろいろ入ってるので、触らないというか開けないでください」
「かしこまりました。では、そちらには触れず、それ以外の範囲で対応させていただきます」
一部屋だけ立ち入り禁止——おそらく配信部屋だろうと透子は思う。だが詮索はしない。自分の仕事に集中するのみ。
ぱっと見ではきれいに見える部屋も、プロの目線で見ると手を入れるべきところは多い。家具の隙間、窓のサッシ、キッチンの排水口まわり。時間の許す限り、一つずつ丁寧に掃除していく。
その様子を見ていた美鈴が、リビングのソファから声をかける。
「やっぱ、プロってすごいですね」
「いえ、そんな」
「いやいや、ほんとに。自分でも頑張って掃除してるつもりだったけど、仕上がりが違うっていうか。もう一段階きれいになる感じ」
「経験と慣れかもしれません。でも、十分きれいにされてると思いますよ」
「そう言ってもらえるとちょっと安心します」
美鈴は照れたように笑いながら言った。
やがて、時計が約束の時間を告げる頃になり、透子は作業を終えて、リビングに戻った。
「本日はここまでとなります」
「お疲れさまでした。……で、あの、次回以降なんですけど」
「はい。基本的にお部屋は整っていましたし、お料理もある程度ご自身でされるとのことでしたが……継続されるか、いかがなさいますか?」
「一回来てもらったら、もう春野さんなしの生活とか考えられないです!」
はっきりとした口調に、思わず透子の頬が緩む。
「ありがとうございます。では、次回以降も同じ水曜日の13時からで、よろしいでしょうか?」
「はい、ぜひ。それでお願いします!」
笑顔でうなずく美鈴を見て、透子も自然と背筋が伸びた。
玄関先まで見送られ、ドアが閉まる。その直前まで笑顔で手を振っていた美鈴の姿が、透子の心に柔らかな余韻を残す。
(……まっすぐ感情を出せる人って、やっぱり素敵だな)
癒された気持ちと、手応えを感じた満足感。
新しい信頼がまたひとつ生まれた。そんな実感が、透子の歩みに温かさを添えていた。




