第34話 スパイスと予感
ダイニングのテーブルにカレー皿が並び、湯気とともにスパイスの香りがふんわりと漂う。
「これが……噂の、チョコ入りカレー!」
目の前の皿を見た美鈴は、目を輝かせて身を乗り出した。
「はい。噂のかどうかはわかりませんが、心を込めて作らせていただきました」
透子がにこやかにそう返すと、美鈴はスプーンを手に取り、さっそくひとくち口に運んだ。
数秒後、目を細めてふわっと笑みがこぼれる。
「うん、美味しい……! 外で食べるカレーとは違って、すごく家庭的な味。でもスパイスがちゃんと効いてて、深みがある。これ、めっちゃ好きな味!」
「お口に合ってよかったです」
ストレートな感想に、透子の顔にも自然と笑みが浮かぶ。素直に「美味しい」と言ってもらえるのは、何度経験しても嬉しい。
「なんかさ、チョコって聞いて甘いのかと思ったけど、全然そんなことないんですね。コクって感じ。香りもいいし、食べ進めるほど癖になる」
「ありがとうございます。カレーの隠し味としては、意外と使われることも多いんですよ」
「さすがゆずの春野さん」
その言葉に、透子は少し頬を染めながらも「恐縮です」と返す。
美鈴が満足そうに食べ進める姿を確認して、透子はキッチンへ向かう。
「では、洗い物をしてきますので、ごゆっくりお召し上がりください」
キッチンに戻り、水を出して食器類を手早く流し始める。さっきまでの会話の余韻を胸に残しながら、透子はふとある記憶に触れた。
この前の配信。柚葉が久しぶりにコラボしたゲーム配信。
相手は——月城メイ。
透子はメイ単体での配信を見たことはないが、柚葉とのコラボでは何度か視聴していた。特に記憶に残っているのは、つい先日の配信だった。
『いや、最近は自分でもちょっと片付けするようにしてるし……毎週ご飯も作ってもらってるし。正直、今めっちゃ幸せ』
そんな柚葉の発言に、勢いよくかぶせてきた明るい声があった。
『え~! それうちも呼びたい! なにその理想の生活』
カレーの話題でもふたりは妙に盛り上がっていた。
『オムライスも捨てがたいけど……カレー! 隠し味にチョコレート入れるんだって~!』
『えっ、なにそれ絶対美味しいやつじゃん!』
あのときのテンション、会話のリズム。楽しげな声。
今この部屋で、目の前のカレーを「美味しい」と満面の笑みで食べる美鈴の姿と、すべてが重なって見えた。
(やっぱり……この人が、月城メイさんだ)
元気で明るく、会話のテンポも良くて、何より柚葉が自然に笑っていたのが強く記憶に残っている。
推しの大事な友達であり、今、自分が担当するお客様。
特別扱いするつもりはない。でも、だからこそ、透子は気を引き締める。
いつも通り、きちんと。淡々と。けれど、丁寧に。
(信頼してくれた人の顔に泥を塗るようなことだけは、絶対にしたくない)
シンクに残る最後の食器を拭きながら、透子は静かに思った。
スパイスのように、静かに熱を持つ決意だった。




