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第31話 新たな訪問先

 数日後、透子は午前中の定期訪問先を終え、午後から会社に戻った。昼下がりの事務所には、書類の音と電話の声が小さく混じり合う静けさが流れている。


「春野さん、おかえりなさい」


 事務机の奥から声をかけてきたのは、チーフの吉永だった。


「ただいま戻りました」


「ちょうどよかった。例の依頼、来てたよ」


 透子は一瞬きょとんとしてから、すぐにピンときた。


「……高山様のご紹介でしょうか」


「そう。名取美鈴さんという方で、高山さんと同じマンションエリア。歩いても行けるくらいの距離みたいだね」


 透子はすっと背筋を伸ばす。


(本当に、来たんだ……)


「希望曜日は特になくて、昼ごろから訪問して食事の用意と作り置き、それに軽い掃除。内容はこの前話してくれた内容と同じだね」


「はい、以前、高山様から伺った話と同じですね」


 淡々とした口調の中に、吉永の信頼がにじむ。


「それにしても、春野さんはやっぱりすごいよ。お客様から紹介が来るなんて、なかなかできることじゃない」


 その言葉に、透子は思わず肩をすぼめた。


「いえ……ただ、自分のできることを一つずつ、丁寧にやっているだけです」


「それができるのがすごいんだって。春野さんの仕事ぶりは、他のスタッフのお手本だから」


 思わず照れくさくなり、小さく頭を下げる。


「ちなみに、曜日に希望がないってことでスケジュールを確認させてもらったんだけど、水曜の昼一って空いてたよね?」


「はい、水曜日は午前は五十嵐様宅です。お昼からであれば無理なく調整できます」


「じゃあその枠で仮押さえして、先方に返信するね」


 吉永はパソコンに向かいながら言った。


「水曜の13時、お昼食の提供と掃除・作り置き。名取さん宅へ初回訪問、確認とご挨拶も含めて3時間枠。これで進めていい?」


「はい。よろしくお願いします」


 そのやりとりのあと、透子は社内用のスケジュール表に「名取様宅(仮)」と新たな予定を書き加えた。


(……お客様からの紹介で新しいお宅へ行くのは、初めてかもしれない)


 考えてみれば、自分の名前を出してもらい、信頼して任せたいと他者に伝えてくれる。それはまさに、仕事人としての“評価”そのものだ。


 柚月からの依頼であっても、名取美鈴という新たな人物にとっては、透子はただの家事代行員にすぎない。


 だからこそ、変わらずに、淡々と、誠実に。


 そして後日、事務所に名取美鈴からの返答が届いた。水曜日で問題なし、希望内容も再確認のうえで了承とのことだった。


 吉永からその旨を伝えられた透子は、改めて訪問準備に取りかかる。


 住所を確認し、訪問ルートを調べ、初回訪問のための持参物リストを作成する。冷蔵庫のサイズや調理器具の確認も必要になるだろう。


 当日持参するべき食材のメモ、簡易的な献立の候補も練っておく。もちろん、現地の要望に柔軟に対応する心構えも忘れずに。


(新しいお宅。新しい信頼。丁寧に、きちんと)


 そう自分に言い聞かせながら、透子は水曜日の訪問予定欄をそっとなぞった。


 次なる仕事への扉が、静かに、確かに、開かれようとしていた。

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