第29話 包む笑顔、焼ける想い
火曜日。天気は晴れ。透子の足取りも、どこか軽かった。
この日が来るのが待ち遠しかった。今日は、「手作り餃子」を作る日だ。
食材はすべて持参し、キャベツやにら、ひき肉に干ししいたけなど、材料は事前に選び抜き、調味料も含めてすべて柚月宅で仕上げる形にした。ニンニクは入れず、にらも控えめ、ごま油で風味を立たせるアレンジに。
今回はいつもより多めに作る予定だった。焼き用だけでなく、冷凍保存もできるようにと、材料を少し多めに持ってきている。
到着した透子は、玄関先で柚月に挨拶する。
「本日は、手作り餃子をご用意しました」
その一言に、柚月の目がぱっと輝いた。
「餃子……!」
手洗いと換気を済ませ、さっそく調理に取りかかる。
「今回は、皮は市販品を使っています。具材は一から手作りです」
そう説明しながら、透子はボウルの中身を混ぜ合わせ、餃子の皮とスプーンを準備した。
包み始めてしばらくしたころ、背後に気配を感じて振り向くと、柚月がひょっこりと覗き込んでいた。
「……それ、包むの、やってみてもいいですか?」
その言葉に、透子の胸がふわりと温かくなる。
「もちろんです。手を洗っていただければ、すぐご一緒できます」
数分後、キッチンにふたり分の作業場所が並んだ。
透子が手本を見せながら包んでみせると、柚月も見様見真似でひとつ、またひとつと餃子を包んでいく。
形はいびつだが、包むたびに「これでいいのかな?」「あ、ちょっとはみ出た……」と呟く様子が、なんとも微笑ましい。
「最初は難しいですけど、すぐ慣れますよ。むしろ、楽しめているなら充分です」
透子がそう言うと、柚月は少し照れたように笑った。
「楽しいです。こういうの、あまりやったことなくて」
その一言が、透子には何よりも嬉しかった。前回のような緊張も、心の乱れもなかった。ただ純粋に、同じ空間で、一緒に作業できることが楽しくてたまらなかった。
餃子が予想以上のペースで包まれていく。焼き用の分と冷凍保存用の分を分け、焼く準備に取りかかった。
「冷凍もしておくので、よければ焼き方も覚えませんか?」
その提案に、柚月は少し驚いた顔をして、それからゆっくりと頷いた。
「……やってみたいです」
フライパンを用意し、油を引くところから水を入れて蒸し焼きにする工程まで、透子が丁寧に説明する。
柚月は一生懸命話を聞きながら、緊張気味に餃子を並べ、水を注ぎ、蓋を閉めた。
数分後、パチパチという心地よい音が立ち始め、透子の指示で蓋を外し、焼き目の確認へ。
「そろそろ、お皿をセットして……一気にひっくり返します」
柚月が息を飲んでフライパンを傾ける。返された餃子は、きれいな焼き色がついていて、香ばしい香りがキッチンに広がった。
「……できた」
その声は、少し驚き混じりで、でも確かに嬉しそうだった。
「すごく綺麗に焼けました。お上手です」
「よかった……!」
表情は普段とそれほど変わらないのに、瞳がきらきらとしていて、今までで一番楽しそうに見えた。
この日、透子の心には確かな達成感が残った。
料理を通して、ほんの少し、距離が近づいた気がした。
そして何より、推しが目の前で笑ってくれている——それだけで、心の奥がやわらかくほどけていくのを感じた。
思わず前のめりになりかけたその様子が、あまりに素直でかわいらしく、透子はつい口元を緩めた。




