第28話 切り替えた先に
「よしっ!」
公園のベンチでしばらく空を見上げていた透子は、ようやく小さく頷いて立ち上がった。
気持ちは、もう切り替えた。
むしろ今は、ある種の誇りすら感じていた。
(推しの生活を、私が支えられるなんて——こんな機会、普通はない)
それが、たとえ柚月本人が自分の正体を隠していたとしても。
透子はそれを暴こうとは思わない。ただ、静かに、自然に、支えていきたい。
彼女が活動しやすいように、心地よく暮らせるように。その土台を整えることこそ、自分ができる最大の貢献なのだ。
(だったら……私は、私にできることで応えよう)
帰宅後、透子はさっそくパソコンの前に座り、柚葉の過去配信をいくつか開いた。
さすがに全部を見返す時間はないが、雑談会やフリートークのタグがついた回を重点的に選んでチェックする。
メモを片手に聞いていくと、いくつもの「食べてみたい」「好き」「気になってる」といった食べ物の話が飛び出してきた。
「この前、ライバーさんから聞いて知ったんだけど……富山ブラックラーメンってめっちゃ美味しいらしいじゃん!」 「伊勢うどん? いや、あれ絶対一度食べてみたい。見た目のインパクトすごくない?って富山も伊勢も両方真っ黒かよ」 「ジンギスカンってさ、家でできるの? 一回食べてみたい」 「そばって意外と奥深いよね。更科そばってそばっぽくなくて好き」 「手作り餃子……皮からは無理だけど、包むの楽しそうだよね~」
そんな何気ない一言一言を、透子は丁寧にメモに取っていった。
その中でも、まず挑戦しやすそうだと思ったのは「手作り餃子」だった。
(ただ……にんにくは、やっぱり入れない方がいいかも)
基本、外出はほとんどしていないとはいえ、女性としてニオイには気を遣っているかもしれない。
にらもやや控えめに、代わりに風味づけにごま油を強めにしてもいいかもしれない。
(あと、富山ブラックとか伊勢うどんとか……さすがにあそこまで特徴的だと、気づかれちゃうかも)
配信を見ていないと出てこないような特殊なメニューは避けていくのが無難だろう。
最近は、ある程度会話もできるようになったので、本人から直接聞ければそれを作ればいいし、出てこないなら配信で言ってた食べ物を作ったりしていこうと決めた。
これは決して、下心ではない。
自分にできる方法で、彼女の毎日を、そっと後ろから支えていく。今まで通り、プロとして。けれど、心の奥では、いちファンとして。
(このスキルが、推しのために使えるなんて——ほんと、すごいことだ)
透子は、餃子のレシピ案をノートに書きながら、少しずつ表情を明るくしていった。
キャベツを塩もみして、しっかり水を切る。
豚ひき肉に、鶏肉を少し混ぜても食感がよくなるかもしれない。
アクセントに、干ししいたけを加えてみようか——。
想像はどんどん広がっていく。
来週の訪問が、すでに楽しみだった。
彼女の知らないところで、彼女の好きが叶う。
それが、透子の新しいモチベーションになっていた。




