表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/91

第24話 安定しないメンタル

 水曜日。透子にとっては、本来なら午前中が常連さん宅で昼からフリーの日。


 けれど今日は違う。柚月の希望で訪問日が火曜から水曜に変わっていたからだ。


 目覚ましの音に反応する身体は重く、布団の中で数秒だけ迷いが生まれた。


(……休みたい)


 そんな思いがよぎったのは、この仕事を始めてから初めてのことだった。


 けれど、体調が悪いわけではない。理由も説明できない心の乱れで、業務を放棄するわけにはいかない。


 いつも通りの身支度を整え、時間ぴったりに五十嵐さん宅へ到着する。


 五十嵐さんは無口な男性客で、最初と最後に挨拶を交わすだけで、作業中に会話を求められることはない。だからこそ、今日はありがたかった。


 掃除さえきちんとすれば、静かに仕事を終えられる——そう思っていた。


 けれど、実際に手を動かし始めると、いつも以上に動作が早くなる。拭き掃除、掃き掃除、キッチンの水垢取り。手際が良いというより、何かから逃げるような勢いで、ただ無心に作業をこなす自分がいた。


 気づけば作業は予定よりもかなり早く終わっていた。


 時間制で動くこの仕事では、終了時刻までの時間を埋める必要がある。透子はふと、いつもなら手をつけない細かい場所に目を向けた。


 引き戸のレール、冷蔵庫の裏の隙間。。普段は「そこまでは頼まれていない」と切り分けていた部分に、無意識のうちに手を伸ばしていた。


 ひとつ、またひとつと丁寧にこなしていく作業は、まるで頭の中を空にするための儀式のようだった。


「終わりました。いつも通り、確認お願いします」


 五十嵐さんが自室から顔を出し、一瞥して頷く。だが、いつものように「ありがとう」とだけ言う代わりに、今日は少しだけ首をかしげながら言葉を続けた。


「いつも以上にきれいにしてくれて嬉しいけど……なんか、今日は必死というか、いつもと雰囲気が違ったね。大丈夫?」


 その言葉に、透子の手が止まる。


「いつも通りのつもりでしたが……ご心配おかけして、すみません」


 言いながら、内心で冷たい汗が流れる。


 自分では平常心を装っていたつもりだった。それでも、無意識の焦りや動揺が動きに出てしまっていたのだ。


 五十嵐さんに軽く頭を下げて玄関を後にすると、風に当たった途端に身体から力が抜けた。


(失敗した……)


 プロとして、こういう乱れは見せるべきではなかった。何より、自分でも気づかないうちに態度が変わっていたことが、情けなかった。


 そして、思い当たる原因はただひとつだった。


 このあと向かう、柚月の部屋。


 知ってしまった。けれど、知らないふりをしなければならない。


 そう決めたのに、心のどこかがざわついている。いつもと同じように、掃除をし、ご飯を作るだけ。それだけのはずなのに、ほんのわずかな期待や不安が入り交じってしまっている。


 深く息を吸って、透子は足元を見た。


(切り替えよう。私は、家事代行員。何も変わっていない)


 小さく声に出して、歩き出す。


 気合を入れ直して向かうのは、いつものあのマンション。そして、いつものあの部屋だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ