第20話 閉ざされた扉と火曜日の予定
家事代行として柚月の部屋に通い始めて、数週間が過ぎた。
今では週に一度の訪問が、透子にとっても当たり前のリズムになりつつある。昼食を用意し、作り置きのおかずを冷蔵庫に並べ、掃除や洗濯などを淡々とこなす。以前に比べて柚月の生活は目に見えて整い、空気も柔らかくなった。
最近では、料理中や片付けの合間に短い世間話も交わすようになっていた。特に柚月は、洗濯と掃除の作業に興味を示すようになり、素直に質問を投げかけてくることもある。
「この服のたたみ方って……」
「あ、それはこっちから先に折るとキレイにたためますよ」
「やってみます」
そんなやり取りが自然に交わされるようになったのも、ここ最近のことだった。
別の日には、リビングの一角を片付けていると、柚月が言った。
「最近、掃除ってちょっと気持ちいいなって思うようになってきました」
「少しずつコツが分かってくると、楽しくなってきますよね」
「……それ、ちょっとわかります」
以前の無言がちだった印象とは違い、今の柚月は言葉数こそ少ないが、ちゃんと相手の言葉を受け取り、自分の言葉で返してくれるようになってきていた。
日々の雑談の中には、特別な意味のある言葉などほとんどない。それでも、そのやり取り一つひとつが、透子にとっては心をあたためてくれるものだった。
(きっと彼女にとっても、少しだけ……そうだったらいい)
しかし、ひとつだけ、まだ変わっていないことがある。
それは、廊下の突き当たりにある一室。
ドアはいつも閉じられていて、「ここは大丈夫です」とだけ最初に告げられて以来、一度も触れていない。透子もプロとしてその意志を尊重し、それ以上立ち入ることはなかったが、やはり少しだけ気にはなる。
(あの部屋には……何があるんだろう)
掃除機を戻しながら、何気なくそのドアの前を通り過ぎる。その奥から物音がすることはない。けれど、無音であるがゆえに漂う気配が、妙に強く感じられる瞬間がある。
全ての作業を終え、透子が帰り支度をしていると、後ろから声がかかった。
「春野さん……来週なんですけど」
振り返ると、柚月が少し遠慮がちに立っていた。
「来週、火曜日はちょっと予定があって……水曜日に変更って、可能ですか?」
透子は軽く頷く。
「かしこまりました。事務所に確認いたしますね」
その場でスマホを取り出し、事務所に連絡を入れる。しばらく保留の音が流れたあと、予定に空きがあるとの返答が返ってきた。
「問題ありません。来週は水曜日の同じ時間帯でお伺いします」
「ありがとうございます……助かります」
そう言って頭を下げる柚月に、透子は静かに微笑み返した。
予定がある、という言葉にどこか新鮮な響きを感じながら、透子は深く詮索することなく、丁寧にお辞儀をしてマンションを後にした。




