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神の血引いた俺、ジジイになるまで戦うってよ  作者: あーちらいおん
第1部「渡川勝己(とがわかつみ)高校生編」その2
22/22

第1部 第21話「泡影(ほうよう)」

シャボン玉ってのは、空まで飛べずにふっと消える。

――儚いもんだな。

2013年7月4日


放課後。今日はバイトもない。

俺は、未久ねえが手作りしてくれたビスケットを片手に、りこの家へ向かった。

インターホンを鳴らす。

……応答は、ない。

留守のはずはない。もう一度押してみる。

……静寂。

不安がじわじわと胸の奥を締めつけてくる。

勝己「アポなし訪問が許される仲だって信じてるけどな……。とはいえ、現代人は文明の利器に頼るべきだよな」

スマホを取り出して、りこに電話をかける。

着信音が鳴り――繋がった。



りこ「か」

勝己「り」

声が、重なる。

りこ「勝己くん、ごめん」

勝己「ごめん」

謝罪も、重なる。

勝己「今、りこの家の前に来てる。……直接、話がしたい」

数秒の沈黙のあと、

「……わかったよ」

と、りこの声。

玄関フードが開いた。

勝己「よ、よお……。二日ぶりに見ると、すげぇ可愛いな、って……」

なに言ってんだ俺は。

軽口叩いてる場合じゃねぇだろ。




りこ「ありがと。……学校で、みんな私のこと何か言ってた?」

勝己「んー、静華がりこの皆勤賞、これでなくなったなってくらいかな」

りこ「……静華さんが。うん、そうだよね……」

あ、しまった。静華の名前はまずかったか?

りこ「でもね……朝、大門くんに追いかけられて……襲われかけた時……」

りこの声が震えた。

りこ「……あのとき本当に襲われてたら、私……きれいじゃいられなかった。きっと勝己くんと、こうやって話すこともできなかったと思うの」

涙がぽろぽろと、りこの頬を伝って落ちる。

りこ「なのに、皆勤賞なくなったってちょっと落ち込んで……そんな自分、わがままだなって思って……」

勝己「りこ」

俺は、そっと彼女の肩に手を置いた。

勝己「当たり前を当たり前に思えなくなる……そっちの方がよっぽどおかしいよ」

りこの目が、はっと見開かれる。



勝己「お前はリョウのために、学校を休んだ。それって、優しさ以外の何者でもないだろ?」

勝己「……りこが、ふわりと俺に抱きついてきた。

小さな体から伝わる温度が、胸の奥まで染みていく。

俺はそっと、彼女の頭に手を置いた。

髪が乱れないよう、できるだけやわらかく――

なでるというより、包みこむように。

そして、そのまま腕を回し、そっと抱き寄せた。

言葉はいらなかった。

触れ合っているだけで、互いの気持ちは伝わっていた。

どれくらい、そうしていただろう。

いや、10分だった。

そう気づいたのは、時計を見てからだ。

その時間は、やけに穏やかで、やけに温かかった。

それも一つの勉強だと思うぜ。教科書には載ってないけどさ」

りこが、ふわりと俺に抱きついてきた。

小さな体から伝わる温度が、胸の奥まで染みていく。

俺はそっと、彼女の頭に手を置いた。





髪が乱れないよう、できるだけやわらかく――

なでるというより、包みこむように。

そして、そのまま腕を回し、そっと抱き寄せた。

言葉はいらなかった。

触れ合っているだけで、互いの気持ちは伝わっていた。

どれくらい、そうしていただろう。

いや、10分だった。




そう気づいたのは、時計を見てからだ。

その時間は、やけに穏やかで、やけに温かかった。

リビングで、りこがお茶を入れてくれた。

そうなんですよ!

この女子力の高さ、そしてこの健気さ。

ほんと、いとおしさの極みだわ。

おっと、リョウの様子も気になるな。


勝己「リョウは?」

りこ「今朝、ご飯食べてからずっと眠ってるの。わたしのベッドで」

……なんだと?

りこのベッドで……だと……?

けしからん!

なんてけしからん子どもだッ!

勝己「寝るのは、一緒に?」

りこ「うん、ちっちゃい子だから、変なことはないよ?」

ママーとか言って、抱きついたりしてねえだろうな……。

このマセガキめ……!

いかん、いかん。




このままじゃ、顔に恨みがにじみ出ちまう。

りこ「リョウくんね、おねしょじゃないんだけど……緑の液体が、パンツに……」

は?

……おねしょ?いや違うのか?

ん、難聴か?

いや、確かに聞こえたぞ。「緑の液体」って。




~回想:美沙都の言葉~

美沙都「ビオ――。やつら進化生命体は人の姿をとれるが、人間を定期的に食わないと緑色の液体が出始め、眠りによって肉体を保とうとする。」

……ビンゴじゃねぇか。

まさか、リョウが――!



勝己「りこ、紙とペン貸してくれ」

りこ「え、なに?男の子って緑の液体出ることあるの?ていうか、なんでペンと紙?」

俺は美沙都さんから聞いた情報を走り書きでまとめ、無言でりこに差し出した。

その文字を読んだ瞬間――

りこの表情が凍りつく。

りこ「え……?じゃあ、リョウくんって……その、ビオって怪物の子どもなの?」

勝己「ああ。地下アリーナでビオを信仰してる連中――カルティストが言ってた。『この町に、ビオの最後の子どもを連れてきた』ってな。」

りこ「……あの晩、勝己くんがリョウくんに会ったあと、急に名前を思い出したのは?」

勝己「それも関係あるかもな。俺の先祖――フェルト・リバーメイカーってイギリス人の女がいて、ビオの人間ベースの血に使われたらしい。血が反応した……ってことかもしれねえ。」

りこ「……でも、リョウくんってどうやって生まれたの? ビオが、どうやって……」

勝己「……美沙都さんの話じゃ、カルト連中が食料用に集めた人間の女に、ビオが……欲情して、出来た子どもだってさ。」

りこ「……」

勝己「気分悪くなったか? 正直、俺も胸くそ悪いよ。でも、それが現実なんだ。」

俺は、スマホでリョウの緑の液体を撮影し、美沙都さんに写真と動画を送った。




数分後、返信が届く。

美沙都「……なるほど。状況は把握した。ほぼ間違いなく、その子は進化生命体だろう」

勝己「やっぱり……」

美沙都「お前からビオの息子の存在を聞いたあの晩、私はすぐにウイリー財団に連絡を入れた。いま、私の滞在しているホテルに、進化生命体の管理を専門とする財団の調査員が来ている」

勝己「……質問いいか。リョウが人間を食べたくなるのって、あと何日くらい持つ?」

美沙都「個体差はあるが――持って、5日。限界を超えれば、奴らは本能に従い、人間を求めて動き出す」

勝己「……わかった。ウイリー財団の調査員のとこにリョウを連れて行く。りこ、お前をあんな怪物と一緒の屋根の下に置いとくなんて、俺には無理だ」

りこ「待ってよ……暴走って、本当に確実なの? リョウくん、言葉もちゃんと話せるんだよ……?」

勝己「じゃあ、言ってみろよ。美沙都さんにこいつ殺さないでくださいって、頼めんのか?」

りこ「……お願いするよ。わたし、本気でリョウくんを守りたいんだ!」

勝己「……りこ、お前……」

俺は言葉を失った。けど、それでも言わなきゃいけない。

勝己「あのな……美沙都さんは、十年前にビオを倒した戦士なんだぞ。俺たちはファギアを持ってたって、そんな化け物と戦えるほど強くねぇ。弱者なんだよ、俺たちは」

勝己「りこが死ななかったとしても――もし、リョウが暴走して、誰かを殺したら。……お前、責任取れるのか?」

……沈黙。

りこは何も言えなくなった。




部屋に響くのは、時計のカチ、カチという音だけだった。

りこ「ねえ……ねえ! なんで、こんなことになったの?」

りこ「勝己くんのご先祖さまの血は、なんで……なんでこんな悲劇を生んだの!?」

――当たらないでくれ。俺だって、辛い。

勝己「……りこ、お前ってさ、やっぱり優しいよな。だから、感情的にもなるんだ。でもな……」

勝己「俺はこの町を守るために、お前を動けなくしてでも、リョウを財団に連れていく!」

りこ「……なんで、あの日、助けちゃったんだろう」

勝己「それが、お前の優しさなんだよ。それまで否定しちまったら、お前……壊れちまう」

静かに、俺はりこの頬にキスをした。

りこは何も言わない。ただ、眠るリョウをそっと抱きしめる。




そして俺たちは、美沙都さんとウイリー財団の調査員が待つ――

ホテルニッショーへと向かった。

会いたくないやつってのは、誰にでもいる。

だけど、こいつに会うのは……本当に、最悪だった。

大門――!



大門「りこの抱いてるその子ども。……ビオの息子だろ?」

りこ「……急いでるの」

大門「りこ、お前を抱いてやりたいところだけど――今日はそのビオの息子に用があってね」

大門の目が獣みたいにギラついてる。

大門「大人しく、渡せや」

りこ「……いやだ」

大門は、にやりと笑った。

大門「おもしれぇことになるんだぜ? ビオが目覚めりゃ、世界はひっくり返る。経済? 秩序? そんなもん壊れちまえばいい」

声が熱を帯びていく。

大門「原始に戻るんだよ。強いヤツがすべてを支配する時代に。力だけがルールってのは、シンプルで最高だろ?」

その瞳に、正気の色はもうなかった。




大門「女も手に入れる。ガキを残して、血を広げていけばいい。なあ、りこ――」

そう言って、大門はりこの顎に手を伸ばした。

その瞬間だった。

俺は、空気に役割を与えた。

勝己「インビンシブル・インビジブル!」

殴る力を込めた空気の塊が、大門を狙う。

だが――

大門「無駄だよ、渡川ァ」

大門の体に何かが走り、俺の攻撃は弾かれた。

勝己「……防がれた!?」

大門は、満足げに嗤っていた。

勝己「だが――今の空気は!」

空気の塊。再び「役割」を与え直すことのできる、俺の切り札。




だが――

大門の複眼がわずかな風の流れを捉えている。

まるで、見えない刃の位置すら把握しているかのような反応。こいつの《ファギア》――フランケンフュージョン、また進化してやがる!

そして――クモの糸がりこへと伸びた。

勝己「くそっ……!」

俺は風を微細に切り分け、細かく重ねる。それに「壁となる役割」を与えて、りこを守る。

――だが。

大門「言っただろ。今日は、りこが第一目的じゃねえって」

言葉と同時、糸が迂回するようにりこの腕へ。

勝己「――!?」



りこの腕から、小さな体がふわりと引きはがされた。

リョウ――!

リョウ「ママーーっ!!」

りこ「リョウくん! 返して!」

大門は、狂気じみた笑みを浮かべながらリョウを抱え、ニヤリと口角を上げる。

大門「返してほしけりゃ――服、脱ぎな」

勝己「――脱ぐな!」

怒号のように、俺の声が空を裂いた。




大門「なあ、フランケンフュージョンでよ――ビオの息子、取り込んだらどうなると思う? 俺がビオになるのか、気にならねぇか?」

完全にイカれてやがる。

勝己「……テメェがビオになって、どうするつもりだよ」

大門の目が光った。欲望にまみれた、底の見えない光。

大門「まずは、りこを進化させる。それで、俺との子どもを――二十人は作れるようにする。あとは革命だな」

勝己「……ッ!」

りこの身体が震えた。でも、目は強く前を向いていた。

りこ「わたしも……戦う。もう誰かの道具みたいに扱われるのは、いやだから」

俺は小さく息を呑みながら、りこに言った。

勝己「0.1の空気に、お前の意思を俺にだけ伝えるって役割を与えた」



りこの意思が、静かに届く。

りこ(意思):「あいつに今、どれだけの生物が入ってるか……わたしの力で調べる」

りこはそっと手を前に出す。まるで「抱きしめて」とでも言うような仕草。

大門「なんだ、アプローチか? まあいい、抱いてやるよ」

りこ(心の声):「かかった」

その瞬間、りこは迷いなく大門に身体を寄せた。

密着する身体。俺の拳が震える。



大門「はは、見たか勝己ぃ? お前、もう捨てられたんじゃねえのか?」

ヤツの手がりこの腰にまわり、ゆっくりと撫で始めやがった。

勝己(心の声):

りこ……耐えてくれ……今は、俺が動けない……

だが必ず、あいつを――

りこ(心の声)

――見える……クモ、カエル、ヘビ、カマキリ、スズメ……

いざとなったら飛ぶ気か……。

気持ちが張り詰めてるせいか、大門の記憶の奥まで読めない……ここは……。

りこ(甘い声で)

「おしり、さわらないで?」

大門

「もっと触りたくなるじゃねえか、ぐへへ……」

りこ(心の声)

――トンボ、複眼か。ネズミ……ネコ……あと少し、姿が見えれば……!

……見えた!

りこ(確信)

――トンビ……猛禽類の翼まで!? でも、読みきった……!

りこ(テレパス)

「勝己くん、いまだよ」

俺は、0.9の空気に「拳」を、ただの「拳」ではない――0.9の役割を与えた900発分のパンチを込めて放つ!




勝己

「サウザンドスマッシュ、改!――ナインハンドレッド・ブロウ!!」

900発の空気が、大門を襲う。

だが――

大門はスウェーで身をよじる。400は当たったはずだ。

――ボクサーかよ……。

猫が高所から落ちた時のように、しなやかに着地し、背を丸める。

大門

「ひでえよお、裏切りだ……りこ」

りこ

「裏切ってなんか、いないよ」

大門

「俺の記憶、読んだだろ……?」

――ここは、正直に行こう。

勝己

「悪いな、大門。今、俺とりこはつながってたんだ。

言葉なんてなくても、全部わかってた」

大門

「つながった、だぁ!?

てめぇみたいなのが軽々しくりこにつながるなんて言うな!

りこの価値が、下がるだろうがよぉッ!!」

――完全に狂ってる。

そして、最後の声が、りこから流れ込んでくる。

りこ(テレパス)

「勝己くん、これが最後の意思伝達になる。

大門、次はカエルとトンビの複合で来るよ。

……さっき、わたしのおしりさわりながら、そのことばっかり考えてたから」

俺は、りことの意思伝達を切る。

0.3の空気で跳躍の補助。さらに、0.1ずつ空気を壁として配置し、壁蹴りの要領で高度を稼いでいく。




大門

「バカかてめぇ、トンビがあるって知ってるんだろ!?

お前のちんけな空気じゃ、空中じゃ自由が効かねえんだよ!」

勝己

「お前がそうやって勝ち誇ってる時って……だいたい負けが近い時なんだよな」

空を切り裂く音がする。

猛スピードで、大門がトンビの翼を広げ、旋回しながら迫ってくる。

俺は低くつぶやく。

勝己

「爆発する役割──」

旋回する翼が、空気の流れを読めなくさせてる。

でも、奴が自ら生んだ空気の渦に、俺の細かく配置した空気が巻き込まれるまでの時間は──計算済み。

大門

「な、なにィ!?」

勝己

「バードストライクだぜ!」

空中で大爆発が起きる。

大門の翼ごと、爆風に飲み込まれていく。

やつは──川に落ちたようだ。




俺は光の圧縮率を変えた【0.2】の空気に、拡大レンズの役割を与え、確認を行う。

……水面に、黒い塊が沈んでいく。

翼は砕け、もう動けそうにはない。

【残りの0.8】は、即座に自分の落下を和らげるために使用した。

――そして、地面に着地。



リョウ

「パパ!かっこいい!」

りこ

「そうだね……かっこよかったよ!」

地上に戻った俺は、二人の顔を見るなり――

そのままリョウを、強く抱きしめた。

勝己

「……無事で、よかったな」

あったけぇ。

この体温が、俺の今の答えだ。



そこへ、美沙都さんが歩いてきた。

俺たちの姿を見て、深く頭を下げる。

美沙都

「勝己、りこ……お前たちに、こんな重いものを背負わせて、本当に申し訳ない」

ゆっくりと顔を上げ、美沙都さんが俺たちを見る。

美沙都

「この少年のこと……お前たちの意思を、尊重しよう。どうしたい?」

しばしの沈黙。

りこ

「……最後に、一緒にお散歩……させてください」

――やがて、りことリョウは手をつなぎ、静かに歩き出す。

少しずつ傾く陽の光。

並んで歩く、小さな足音。

その背中を、俺はただ見つめていた。

りこは微笑んでいた。

けれど、その頬には……一筋、涙がこぼれていた。

リョウ

「ママ……? 泣かないで」

りこ

「……ごめんね。ごめんね……」

その言葉に、俺もこらえきれず――

目元から、熱いものがあふれた。

勝己

「……ごめんな……」

ウイリー財団の黒い車が、静かに止まった。

リョウは振り返る。小さな瞳に、涙を浮かべながら。

リョウ

「また、ママとパパに会える?」

りこ

「……帰ってきてね。絶対だよ」

勝己

「ああ……またな」

リョウは、素直にうなずいて――

財団の職員に手を引かれ、車に乗り込んだ。

ドアが閉まる音が、心に響く。

車がゆっくりと動き出す。

その姿が見えなくなるまで、俺とりこは立ち尽くしていた。

そして――

俺たちは、声をあげて泣いた。

どうしようもなく、悔しくて、悲しかった。

そばにいた美沙都さんも、どこか、つらそうな顔をしていた。




……数日後。

ウイリー財団から、リョウの訃報が届いた。

最後は安らかだったという。

最期に口にした言葉は、こうだったらしい。

「ぼく、帰る」

俺は、胸が締めつけられた。

りこは――三日三晩、泣き続けた。



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