0001. 窓際の愚者
『カタカタカタカタカタカタ』
部屋に響くタイピングの音。
ぼやきと呼べる独り言。
意識して耳を澄ましたわけではない。
四方八方から聞こえる様々な雑音が
何をするわけでもない俺の耳を撫でている。
いや、四方八方というのは嘘だった。
俺の左側の世界には雑多なビルが立ち上る
無機質な世界が広がるからだ。
そう、俺は俗にいう窓際社員だ。
何もすることがないからこそ音が気になる。
開き直るようだが、やることがないんだ。
……近づく足音がする。
だが、誰なのかは確認する必要はない。
「あ、早良さん。今日の仕事、何かしたんすか? 良いっすね、座ってるだけで金貰えてwww」
「……ども」
いつもの嘲笑。
もう慣れたものだ。
コイツは社内最年少のプロジェクトリーダー
名を『小梨 森羅』
高身長、高学歴のイケメン。
もちろん給料は高く、そもそも実家も金持ち。
高校野球では甲子園で大活躍をして
ドラフト一位で指名をもらうも
『あ、野球は趣味でやってたので』
と言ってドラフトを蹴る猛者。
あれだろう。
コイツは神に愛された選ばれた人間って奴だ。
それに比べて俺は言うまでもない。
平凡にすらなれなかった悲しい男。
中学は不登校。
高校デビューを狙うも、結局上手く馴染めず
かろうじて卒業をする。
その後はPCばっか触ってたからという理由で
なんとなく情報の専門学校へ。
専門ではそこそこの成績だったみたいで
まあまあデカいIT会社に入社。
多分、そこが俺のハイライト。
その後、紆余曲折はあるが、
今現在の肩書はいわゆる窓際社員に落ち着く。
資本主義は基本的には働かねば食えない。
この社会で仕事を続けるためには、
嘲られだからといって文句を言ってられない。
会社がどちらを取るかというのは明白。
比べる天秤を探す必要すらないわけだ。
まぁ、脳内の中ではボッコボコにしてやるが。
妄想の中の俺は最強なのだから。
格闘の動画みたことあるし。うん。
「おい、辞めとけよ。こういうタイプ根に持つんだぜ」
小梨の隣にいたモブがせせら笑いながら
俺を見ていう。お前は黙ってろモブA。
「はぁ? 大丈夫だって。俺は上司でコイツは平社員。それに暴力に訴えたとしても、俺柔道三段だぜ?」
さっそく訂正だ。
今の情報で脳内の俺の攻撃は止められた。
華麗な背負い投げを決められた。一本。それまで。
妄想の中でも敗北なんて辛すぎる。
どんまい、俺。
「てか、なんか言ったらどうすか? 本当、空気みたいな人っすねwww」
耳障りな言葉を並べてる暇があったら
仕事に戻れよ天才くん。
と、心の中では言い返しながら
力なく笑って誤魔化してやり過ごす。
『キーンコーンカーンコーン』
おっ? ちょうど良いことに終業の鐘がなった。
「あ、早良さんは帰って良いっすよ。残業代勿体無いんで。お疲れっすww」
そう言って奴は笑い、
思い出したかのように続けた。
「あっ、もし体調不良とかなったら心配なんで休んでくださいね! 36度超えてたらマジ無理しなくていいすwww ほいじゃ!」
そう言って奴は自席へと戻る。
俺の平熱はそれ以下ってか?
ふっ、まぁ人件費とはどんな会社でも
見直し続けるべきコストだ。致し方ないことだ。
上司の命令、帰ろうじゃないか。
別に早く帰れてラッキーとか思ってはいない。
断じて。えぇ、断じてな?
だが、周りのみんなは
残業するつもりなんだろう。
気付いた限りでは鐘の音の前後で
とくに動きが変わった者はいない。
「まぁ、いい。今日はマジカルプリチー『もももちゃん』のフィギュアを買いに行く日。こんなクソみたいな場所で頑張る必要もない。頑張れ社畜たち」
おおっと、心の声は、
なんと全て出てしまっていたようだ。
俺はそれに気付いたのは、
若い女性の社員と目が合ったから。
彼女は俺を軽蔑した目で見てすぐに逸らす。
本音はこの子も残業をしたくないのだろう。
この子もこの子でやりたいことがあるはずだ。
「……スミマセン」
なんとなく、いたたまれない気持ちから
俺は謝罪を口にする。
いや、これは会社の中で俺の口癖か。
「……んで」
「えっ?」
「大丈夫なんで。話しかけないでください」
俺のメンタルHPは真っ赤っかになってしまった。
左上に俺のウィンドウがあれば『しに』と
書いてあってもおかしくない。つらい。
全てを忘れて俺は秋葉原へと足を伸ばす。
大通りを超えた店に俺の青春が待っているんだ。
最近、始まった日曜の楽しみ。
深夜の放送枠御用達の萌え系アニメで
その中で主人公のライバルを担う『もももちゃん』
名前と与えられた二つ名『マジカルプリチー』
それに反した少し憂鬱げで物静かで大人びた少女。
彼女の存在は俺の琴線に触れたどころの騒ぎではなく
巧みに琴線で『四季』の『春』を奏でた。
ヴィヴァルディさんでさえ驚くだろう腕前で。
そんな『もももちゃん』のフィギュアが、
やっと店に届いたのだ。
それだけで今日の憂鬱もサヨナラだ。
流行る気持ちを抑えて歩行者信号を待つ俺。
くそ、一秒が長い。変われ信号!!!
そんな手持ち無沙汰の俺は落ち着かせるために
周りをふわーっと眺めることで時間を潰すとした。
「……しかし、ここも随分と変わってしまったなぁ」
知ってる景色と重ねて俺はつぶやく。
若いイケイケの………、
今風に言えばパリピや外国人の観光客達。
メイドカフェ………
あぁ、そうか。今はコンカフェ?の
女の子も昔と違って化粧が濃くて怖い。
ギャルと変わらない。清楚はいずこ。
視界の全てがキラキラしてみえる。
ここはカーストの高そうなお前らが
興味本位で来るところじゃない。
俺たちの聖域から出てけ!
最近はピコピコ動画も3chも
気付けばマナーや作法のなってない奴らばかり。
俺は強がりながらぼやいているが、
湧き上がる不安を消すためだと気づいていた。
そう最近、なんだか居場所がない気がしているんだ。
昔は違った。あの頃はよかった。……いや。
「変わってないのが俺だけってことか?」
焦燥感が俺の心臓をギュッと握る。
会社に、居場所はない。
特に理由はないが家族とも疎遠だ。
友人は居る……と思う。
だが、親友と呼べる者はいるのだろうか。
この世界は俺を必要としていないんだろうか。
よせばいいのにどんどん深みへと落ちていく。
生きる意味ってなんなんだ?
俺、何のために生きてるんだ?
そんな時、隣の人が二歩ほど進んだ気がした。
俺は信号が変わったと思いフラフラと足を進める。
────キキーーーーッ!!!!!
「あっ」
俺の間の抜けた声に続いて、
ドンッという音が身体に響く。
痛みと浮遊感。
とりとめもなく思い出す、
思い出したくない思い出たち。
「もももちゃん……」
口からこぼれるのは最後の言葉。
我ながらダサい辞世の言葉である。
……しかし。
これでもう終わりなんだな……。
────やがて視界がぼんやりと復活する。
朦朧とする視界が、明るいことはわかる。
地獄ではないのだろうか、だがはたして天国なのか?
いや、まさかだが死んでない?
嘘だろ? 俺、死ななかったのか?
なんてことだ。この期に及んで頑張るなよ俺!
だが、鮮明化される視界で、
俺の中で一縷の希望が見えてくる。
その景色、よくある『気づけば見慣れない天井』
とかではないのだ。
幻想的な空間に、翼の生えた青髪の美女。
まさか。
もしや?
嘘だろおい!!
「転生キターーーーーーーーー!!」
「おぉ、サワラ! しんでしまうとはなにごとだ!」
……ちょっと思ってたのと違うセリフで、
俺の異世界転生は始まったようだ。