39話:黄昏と模擬戦
痛い空気の中、それを打ち破ったのは一番影響を受けてるはずの国王陛下自身であった。
「わ、悪かった。カイト殿は希少な職業持ちな上、つい欲しくなったのだ。カイト殿の自由を保証をしよう」
「あぁ1つ忘れていた。カイト殿と懇意にしてる龍皇は、我だけではないぞ」
「き、肝に命じておこう」
幾つか契約を交わす魔道具や魔法が存在するが、龍種のトップである龍皇に睨みを利かせられる事が一番の契約になるだろう。
なにせ、もしも破った暁には国が滅ぶ未来しかないのだから。ここは肯定の選択肢しか存在しない。
黒龍がカイトの手提げカバンから帰った後、ギシギシと痛かった空気が元に戻ったようにほぼ全員冷や汗が止まらなかった。
前世でもここまで逃げたいと思ったのは何時振りか。あのクロウという黒龍には、今はまだ勝てない。
「国王陛下申し訳ありませんでした。彼を呼ぶべきではなかったと反省しております」
ウソを着け!絶対に最初から呼ぶ手筈となっていたに違いない。反省と言って涼しい顔をしてるのが証拠だ。
「いや、あのままカイト殿を城へ仕えさせていたなら、国は近い将来滅んでいただろうからな。それに他の貴族への牽制にもなったろう」
余程のバカでないかぎり龍種にケンカを売る真似はしない。
それに私(俺)も龍種の印象が強過ぎて、国王陛下とカイトが何か話してるが、ちっとも耳に入ってこない。我に帰ったのは、国王陛下の解散という号令の一声だ。
そうだ、カイトという名前に聞き覚えがあった。料理神様が口にしてた名前ではないか!何で先程の事なのに忘れていたのだ!
「あのぉ、カイト様」
「うん?君は」
玉座の間から出る間際に声を掛けた。
「ラピス。ラピス・グレィープニルと申します。あのぉ、今から私と剣の模擬戦をやってください」
「……………」
そりゃぁ、いきなり今日会ったばかりの幼女に剣の手合わせをお願いされたら、誰だって唖然となり無言になってしまうはずだ。
「カイト受けてあげたら」
「リリ」
「直接は見ていないけど、相当強いらしいわよ。ウチの騎士達が敵わないって嘆いてるわ」
リリ王女殿下は私(俺)からの提案に乗り気だ。それにしても、この二人は恋仲なのだろうか?そこが一番気になる。
「はぁ良いよ。俺もちょっと気になる事あるし」
「なら、決まりね。騎士達が、いつも訓練やってる広場でやりましょう」
そして、どうしてこうなった。三人で決めた事なのに、アテナなら兎も角、国王陛下や王妃様から初め玉座の間にいた貴族連中も観戦しに来てる。
「何やら面白い催しをやると聞いてな」
「アテナが呼びました」
アテナが呼んだのなら仕方ない。他の貴族らは、私(俺)とカイトのどちらが勝つのか賭けをしてる模様。
「オレが審判を務めよう」
「パパ!」
この中で審判を務められるのがパパしかいないのは確かだ。他の騎士達だと私(俺)の攻撃は見えないだろうし。
「ルールは、武器は木剣。どちらかが降参又は気絶・戦闘不能と判断したら終了だ。二人とも良いな」
「私は大丈夫」
「私めも問題ない」
非戦闘職である生産職とは思え無い程にカイトの構えに隙がない。まだ始まってないのに冷や汗が溢れて来る。
だが、負けてられない。アテナが見てる前で負ける訳にはいかない。年は3倍でも同じ転生者。私(俺)の方が強いと証明してやる。
「では、始め!」
パパの号令により始まった。私(俺)は、一気に駆け抜け瞬時に間合いを詰める。背丈差がある中で、こうも躊躇なく間合いを詰める事は中々出来るものではない。
カイトも、まさかいきなり間合いを詰めて来るとは思ってなかったらしく焦り木剣を横払いするが、足を止め緩急つける事により紙一重で躱す事が出来た。
(ここだ)
カイトが横払いしたお陰で、腹が無防備になっている。ここで目にも止まらぬ剣技【神速一閃】を発動。
横に払ったせいで、今ならカイトの木剣は間に合わない。もう数mmで当たる寸前で信じられない事が起きた。
なんと空振ったのだ。ブンッと空気抵抗による音が鳴り響く。何が起こったのか一瞬理解が追いつかない。
「ふぅー、危ない危ない。まだ職業を神々から与えて貰ったばかりなのに、ここまで強いとは。いや、同じ転生者として、当たり前か」
「…………」
やはり、国王陛下の「それにしても今日1日で転生者を二人も見るとはのぉ」は聞き間違いでは無かった。
【神速一閃】を避けた動き、生産職がする動きではなかった。横払いの勢いを利用し空中に浮き回転した。その結果、私(俺)の木剣は空振った訳だ。