26話:模擬戦二人目
銀貨が地面に落ちた瞬間、ルーランは私(俺)との距離を一気に詰めて来た。
ケガをさせないために、一気に勝負を決める気だ。だが、それを読めていないラピスではない。
前世の記憶がなけりゃ無理な判断だった。前世の俺に感謝しつつ、ルーランの前から私(俺)は姿を消した。
「なっ!消え」
「勝負アリです」
器用にルーランの背中に乗り、木刀を首筋に突き付けた。真剣なら首は確実に落ちている。
「ラピス格好良い」
アテナがうっとりと頬を蕩けさせ瞳がハートになってる状態で、こちらを見詰めて来てる。
そんなアテナに手を振り、ニコニコ笑顔でルーランの背中から降り着地した。
「よし、ルーラン罰ゲームだ。走って来い」
「クソぉぉぉぉぉぉぉ」
泣きながら訓練所から走って行った。この城の外周は、およそ10kmはあった気がする。
今日は、もうここには戻って来れないだろう。
「さぁ次はだぁれ?」
ニコリと笑顔を作るが、先程ルーランを倒した三歳児なだけに、その笑顔は死神が鎌を持ってる風にしか見えない。
「何をしている。ラピスに挑まない者は外周100周だ。ルーランが負けた要因は、油断からだ。相手はドラゴンと思え」
罰ゲームよりもヒドイ。それよりも私(俺)がドラゴン?何気にパパは私(俺)をディスってる?
それなら後でパパにお仕置きをしないとね。どんなお仕置きが良いのか、考えるだけで楽しい。
「俺が行こう」
「ハンか。よろしい。初期位置に着け」
ルーランという人よりも筋肉粒々で、身長も高い。2mあるんじゃなかろうか?
顔を上げないとハンの顔が見えない。ずっと見上げてると首が痛くなってきた。
「二人とも準備は良いか?」
「「はい」」
「よし、コインを投げるぞ」
ルーランを倒した時は、一瞬で決まったのでほとんど疲れてない。足裏に強化魔法を一点集中して爆発的な速度を生み出す高等技術【縮地】により消えたと錯覚する程の速度で背中へと乗ったのだ。
端から見れば、消えたり転移したと思うだろう。だが、制御出来なければ、自ら予想だにしない方向へ吹っ飛ぶ恐れがある荒業だ。
チャリン
「………………」
「………………」
二人が無言のせいでコインが落ちる音が余計に目立つ。
ジリジリと円を描くように靴を擦らせながら、お互いに様子を伺ってる。
「………………【縮地】」
先に仕掛けたのはラピス。ルーラン戦と同じく目の前から消えた様に見えた。
実際には速すぎて消えるように見えるだけ。ルーランの場合は自分から特攻したから見失ったが、良く観察すれば、パパの下で訓練された騎士達にはけして見えないはずはない。
「そこだぁぁぁぁ」
ガキン
「やりますね」
ラピスとハンの木刀が交差する。大人であるハンと三歳児であるラピスでは腕力と体重を比べるとハンの方が上であるため押し切れない。
着地するラピスは距離を取る。楽しくて仕方ない。やはり直ぐ終わってしまっては詰まらない。
「ふん、ルーランの奴が油断しただけの事よ。オレはけして油断はしない」
「それはどうでしょう?」
油断しないって言う奴が一番油断してたりする。私(俺)が、【縮地】だけだと思ったら大間違いだ。
私(俺)は走った。足全体に強化魔法を掛ける【瞬脚】を発動し、ひたすら走る。
「おりゃおりゃ」
流石はパパが纏める騎士の一人だ。木刀でも一太刀が鋭く、一撃でも貰えばアウトだろう。
だけど、私(俺)には当たらない。今時しか出来ない戦法で、身長が低い事をめい一杯利用する。
身長が低い事で適度に動き続けば、相手の攻撃は当たり難くなる。それに小さいモノを捕まえようとする行為は意外にとイライラするものだ。
「何処を狙っているのです?」
「このっクソっ」
身長が低い相手に戦った事はあるだろうが、こんなに身長差がある相手とは中々戦う機会はない。
それと低い箇所を狙って攻撃するには中腰や膝を折り曲げないと狙え難い。そのため体力消耗が激しい。
「ハァハァ、何で当たらねぇんだ」
体力が減ってくれば、集中力も失くなってる。そうすると動きが雑になってくる。
ボキッ
「ギャァァァァァァ」
ラピスの速度に対応仕切れなくなり、ラピスを追い身体を反対側へ向けた瞬間、右足を捻り捻挫をしてしまった。
「ハァハァ」
「ラピスの勝利」
パチパチと拍手と『うぉぉぉぉぉ』と歓声が訓練所に響き渡る。
右足を捻挫したハンは、水魔法を得意とする医療隊が見ており、どうやら全治二週間と言ったところらしい。