25話:模擬戦
クッキーが焼き上がり、ステラおばさんにもお裾分けした後、私とアテナは騎士達の訓練所に来ていた。
「あっ、パパぁぁぁぁ」
「ラピス!アテナ様、暑苦しいところをお見せして、すみません」
「いえ、皆さん頑張っているのですから、お顔をお上げにならして」
「はっ!して、ここには何をしに?」
パパしか騎士を知らないが、パパの部下らしき騎士達のステータスを【鑑定】で軽く見た限り、そこそこ強い方だと思う。
前世の記憶を参考にすると、だいたい中の上という辺りか?まぁ騎士は傭兵よりも連携に重点を置く職業だから、前世の記憶より多少ズレがあるかもしれない。
「パパに差し入れ。私達で作ったの」
「ラピスと一緒に作ったの。皆さんで、どうか召し上がって」
「おぉ、これはこれは。おーい、みんな休憩しよう」
パパの部下達も集まると汗を掻いてるからか、数度温度が上がったような気がする。
(うっ…………臭い。【消臭】)
それに男臭が凄く漂って来る。前世では気にならなかったが、転生してから体臭を気になるようになった。
毎日は無理だが、寝る前に身体を拭きたい衝動に駆られる事がある。
そこで便利な魔法がある。臭いを消す【消臭】と汚れを落とす【洗浄】。
転生したからダンジョンに行ってないが、おそらく使う事になる魔法だ。分類上では生活魔法に位置付けされてるらしい。
「んっ?何か風が吹いたような?」
「気のせい」
「そうか?」
意識しないと気付かない程の微風。【消臭】使用すると、何故か微風が吹くらしい。
まぁ取り敢えず、これで臭いは気にならなくなった。
「はい、皆さんの分ありますから押さないで」
「こちらにはお茶がある」
木の水筒に入ってるお茶をそれぞれコップに注ぎ配っていく。手作りクッキーと冷たいお茶は、パパとその部下達に好評で、ほんの数分で全て無くなってしまった。
「ほら、休憩は終わりだ。アテナ様ありがとうございました。ラピスもありがとな。騎士隊を代表してお礼を申し上げます」
パパに頭を下げられるのは何か変な気分だ。少しこそばゆい。でも、悪い気はしない。
「王族として仕えてる部下に労いを言うのも勤めですから」
「はっ!ありがたき幸せ」
年齢に関係なく、王族なら王国を守護する騎士隊達の上司となる。
年齢差が有りすぎて端から見たら三歳児に頭を下げるアラサーな男の構図となり、頭を下げてる理由を知らなければ、ドン引きそうな場面である。
「パパ、私も稽古したい」
「ラピス、ここは城内だ。家なら兎も角、ここでケガでもされたら、パパ心配だよ」
一見、ラピスを心配する言動だが、アテナの友達でもあるラピスにケガでもされたら、アテナはラピスにケガをさせた騎士に怒るはずだ。
そして、その責任を取らされる騎士は打ち首になる恐れがある。それに、その上司でもパパにも監督不行き届けとしての責任を取らされるかもしれない。
だから、ラピスに城内でケガをさせるような真似はさせられない。
「パパ、私がここにいる騎士達に劣るとお考えなのです?」
「いや、そうは思ってないよ」
させられないのだが、実の娘には弱い。仕方ないから一人だけ模擬試合をさせる事にした。
「おい、ルーラン。俺の娘にケガをさせたらタダじゃおかねぇからな。負けたら、城の周り50周だ」
「隊長、そりゃぁないですよ」
負けたら罰ゲーム、勝ってもケガをさせたら隊長から処罰がある。ルーランと呼ばれた騎士が無事でいられるのはラピスをケガさせずに勝つ事のみ。
下手に勝利するよりも難しい。なにせ相手は力が弱い三歳児で力加減を間違えるとケガをさせてしまう。
とか、思ってるのだろう。そう思ってる事がラピスにとって都合が良い。
「よし、武器は木刀。勝利条件は相手が降参するか気絶させたら終わりだ。ラピス、木刀は重くないか?」
「うん、大丈夫」
ルーランとラピスが並ぶと2倍程の身長差がある。普通なら怖くて逃げ出すだろうが、ラピスは早く戦いたくてウズウズしてる。
今の段階で自分の力が通用するのか試してみたいという心境だ。
「よし、コインを投げるから地面に落ちたら開始だ。良いな?」
「「はい」」
パパが銀貨を親指で上空へ弾き、クルクルと舞った。数m上がると下へ落下して来る。数秒後、地面に落下する音が響き渡り、模擬試合は開始された。