12話:アイル先生の正体
今日の晩飯は、ママが張り切ったようで何時もよりも豪勢だ。鶏を大胆に一匹丸ごと丸焼きにし、表面はバターと卵黄でパリッと中はジューシーに程好い柔らかさで仕上げている。
内陸では、海が遠いので魚が出回ること事態相当珍しいが、食卓にのぼってる。まだ3歳である私(俺)は、転生してから初めて見た。
前世の時には、ギルドで受注した任務で、たまに海辺の村で魚を食べたものだ。
前世の記憶だが、今でも魚の味を思い出せる。また、食べたいと思っていたところに早くも目の前にあるのだ。ヨダレが今にも吹き出しそうになる。
だけど、今の俺は私なんだ。前世なら兎も角、今は騎士団団長のパパの娘として恥ずかしくないよう我慢してる。のもあるが、アイル先生が私(俺)の目の前で目を光らせているのだ。
アイル先生と一緒に食事出来ると喜んでいたが、これは厳しい地獄の始まりかもしれない。
「アイル先生、先生に聞きたい事があります」
「なんでしょうか?」
一つだけどうしても気になって仕方がない事があった。まだ幼い子供の無邪気さと好奇心を武器にして聞いて見る事にした。
「アイル先生は、今魔法使ってますか?例えば……………変装の類いの」
ピクッ
「顔の周囲に魔力の痕跡があります」
ピクピクッ
「こらっ、ラピス。先生に失礼な事を言うではありません」
「ママなら分かるかな?ほら、アイル先生の耳当たりに」
「こらっ!ラピスいい加減にしなさい」
パパが、こんなに私(俺)を止めようとするには理由がある。変装系の魔法や技能を用いられる事情は2つある。
一つ目は、暗殺を生業にしてる者達が任務で忍び込む際に使う場合。
2つ目は、一部種族が人間に紛れながら生きるため。その中で最も多いのが森精族とされている。
今は戦争はしてないが、昔から人間と森精族は仲が悪く、今でも人間の国なら森精族が、森精族の国なら人間が差別を受ける。
最悪の場合、奴隷にされ飼い殺し状態に陥る事も屡々ある。森精族は見た目が良いため高値で取引される。
おそらく、アイル先生が変装してる事実があるなら後者の事情があるのだろう。前者なら、こうも一緒に食事なんて取る訳ないし、私(俺)の家庭教師を引き受ける訳がない。
「待って!アナタ、ラピスの言う通りに魔痕があるわ」
魔法又は魔道具を使うと少なからず痕跡が残る。それが魔痕だ。どんなに隠蔽しても一週間は残るとされる。
だけど、今でも何らかの形で使用中ならクッキリと魔痕は、どんなに薄くても残ってるはずだ。
ママは、元王宮魔法使いだ。魔痕を見つけるのも安易にやってのける。だが、私(俺)に言われるまで気付かなかった。
「マリア様に断言されては、もう言い逃れ出来ませんね」
アイル先生が耳飾りを外すと、耳の形が人間の耳から尖った。この形はまるで、森精族のようだ。
「あ、アイルお前………………」
「ガイス様、今まで騙す真似をしてしまい、すみませんでした」
アイル先生は、起立しキレイなお辞儀で謝罪をすると玄関の方へ向かった。どうやら出て行く気のようだ。
「先生、何処か行っちゃうの?」
「えぇ、森精族と知られたからには、もうここにはいられません」
「私のせいなの?」
「いいえ、ラピス様のせいではありません」
幼い私(俺)よりも自ら出て行こうとするアイル先生の方が悲しそうな顔をしている。
本当は、もっとここにいたいと思っているのではないだろうか?私(俺)が余計な事を言ったばかりにアイル先生が行ってしまう。
「先生、行かないで。まだ、私は何も教わっておりません。私に色々と教えてあげた後にでも、まだここを去りたいと思うのなら止めません」
「ラピスの言う通りだな。俺も驚いたが、森精族だから何だって話だな。改めてラピスの家庭教師をお願い出来ないか?」
「そうね、私もアイルさんの魔法を間近で見たいわ」
「ラピス様、ガイス様、マリア様」
アイル先生が私(俺)達の方へ振り返ると目頭から一粒の涙が頬を伝い落ちた。それから声にならない喚き声を発しながら床に崩れ落ちる。
「先生、大丈夫です?先生、泣いてるのですか?」
そう聞くと、アイル先生は私(俺)をギュっと抱き締められた。別に苦しくないけど、アイル先生の胸が当たってる。
「いいえ、泣いてないわよ。これはね、嬉しくて出てるのよ」
私(俺)は、何も言わないままアイル先生の頭を『良い子良い子』と幼い子供をあやすように撫でた。