美しい彼
この国は年がら年中、日中は暖かく夜は肌寒いというちょっと変わった気候をしている。
だから、薄いブラウス1枚にスカートという格好で放り出された私からしたら地獄の寒さ。
何か羽織るものは無いかとカバンの中を探ってみたけれど、夜に外に行く機会なんて無かったし、そもそも持っている服の数が少ないのもあってこれ!といったものはなかった。
「・・・寒い・・・・・・」
少しでも暖かくなるように歩いてみたけれど、夜風がビューっと通り過ぎていき、寒さがさらに倍増する。
宛もなく歩けば、村の出入口に着いていた。
舗装された綺麗な道。
その両脇には緑が生い茂っている。
この道を真っ直ぐ歩いていけば、王都にたどり着く。
村から1番近い場所と言ったら、王都しかない・・・。
だけど・・・・・・王都に行ったからと言って誰かが助けてくれるとは限らない。
でもここにいても・・・・・・。
明日にはきっと婚約が無くなったことが村全体に知れ渡っているだろう。
だとしても、みんな助けてはくれない・・・・・・。
進むことも戻ることも出来ず、その場に蹲る。
パッカ、パッカ───。
微かに聞こえる馬の蹄の音。
こんな時間に馬?
ガタガタ───。
この音は・・・・・・馬車?
だんだんと近づいてくる音がして、チカッと明かりが顔に当たる。
眩しくて顔を下に向ける。
「いたぞっ!」
バタバタと慌ただしい音が聞こえたと思えば、バサッと暖かい何かに包み込まれる。
え・・・?
顔を上げれば、目に入ったのは高級そうな服。
この村の人たちはだいたいの人が洋服1枚だけというのが多い中で、目の前の人はワイシャツにベスト、上着というここら辺では見ない格好をしている。
そもそも、この人は王都の方から来たんだからこの村の人なわけが無い。
あぁ、寒さで頭がやられているらしく、ちくはぐな事を考えてしまっている。
「大丈夫?」
頭上から聞こえてきた声の方へさらに顔を上に向けると、明かりに照らされて光る金髪が目に入り、ホリゾンブルーの瞳と目が合う。
「・・・・・・っ」
あまりの美しさに思わず息が詰まる。
今まで生きてきた中でこんなに整った顔立ちをしている人を見たことがなかった。
村の中で1番整っていると言われていたのが、ジェームズ・スペンサーだったけど、目の前の彼を見てしまえば、今までカッコイイと思っていた容姿がちっぽけに思えてしまう。
それほどまでに彼は美しかった。
「とりあえず馬車に乗って」
その言葉でハッとする。
そして、衝動的に立ち上がれば、バサッと足元にこれまた立派なコートが落ちた。
そのお陰で、さっきまでの暖かいものの正体がコートなんだと理解した。
「どうした?」
「・・・・・・い、いや・・・。見ず知らずの方の馬車に乗せていただく訳には・・・」
「見ず知らず・・・・・・。寒空の下にいたから体が冷えているだろ?大丈夫、君が怖がるようなことはしないよ」
一瞬悲しそうな声を出したと思えば、すぐに優しい声に戻り私の手を握って顔を覗き込んでくる。
うわぁ、さっきよりも近くで見るとさらに美しいな。
なんて事を考えたのは一瞬で、手から伝わる暖かい体温が冷めきった体を温めてくれているよう。
「で、ですが・・・・・・」
一歩後ろに後ず去れば、ガクッと足の力が抜ける。
危ないっ!とこれから襲ってくるであろう痛みに備えて目を瞑れば、
ガシッと強い力で抱き止められた。
「はぁ・・・危な。・・・強制的に連れて行くから」
そう言い終わると同時に、フワッと体が浮いたと思えば、お姫様抱っこされていた。
「え!?」
慌てる私の声が聞こえているはずなのに、彼はそのまま馬車に乗り込んだ。
離してくれるのかと思いきや、そんな気配は一切なく、まるで私がいるのを忘れているかのように座った。
「あの・・・・・・離してください」
「どうして?」
不思議そうに聞いてくるため、私の感覚がおかしいのかと錯覚してしまう。
・・・馬車に乗る時に男性が女性をお姫様抱っこしたままなのは当たり前・・・なんだろうか?
いやいや、そんなわけないはず。
そんな話を聞いたことがない。
「こっちの方が暖かいだろ?」
グイッと私の頭が彼の胸の方へ引き寄せられる。
聞こえるのは心地よい彼の心臓の音。
──────トクン、トクン。
その音に耳を傾けていれば、瞼が重くなり始める。
ここで寝たらいけない。
私がここで寝たら、彼だって困るはずだ。
助けた人が自分の腕の中で寝るなんて、きっと迷惑に思うはず。
もしかしたら、助けなちゃよかったって思うかも・・・・・・。
その思う頭とは裏腹に、私は目を閉じた──────。