4
ランチは母上に連れられて町に出向く。帰宅して他所行く服になる。前は強盗騒動で見物ができなかったが、今日は有り余る時間があった。道路も建物も石が用いられていて、時計台もあり、中核都市に思う。店の前に立って感じるのは、庶民向けでも、ここは特別な日にしか来られないって印象がある。荷物持ちも椅子引く人もいなかったのが幸いしたが、メインは肉か魚で、支払いは銀貨、いや金貨になりそう。ちなみに椅子が高くて足が届かない……。
「パパには内緒ね」
母上はこそこそ伝えてくる。お子様ランチってのはなくて、欧州の海ってどういう魚が生息しているのか分からなかったので、お肉料理にした。家で出てくるのは謎の干し肉だったので、ポークソテーが出れば御の字かもしれない。
「せっかくだから牛肉か鹿肉でお願い」
母上は給仕に注文している。“前世”の記憶で鹿肉は硬いって感想。牛肉も欧州産は硬くて脂っこい以外は和牛が圧勝ですって。ただ、詳細な味覚情報が欠落しているので、私には全てが初めてになる。追記するならば、接待? “お願い”前の段取りでもあるそう。
「ねぇ、ソフィアちょっといい?」
「は、はい」
母上はナプキンで拭いながら呼びかけた。
「王宮に行ってみる気はない? ここよりもっとすごい場所」
母上は観光目的のお誘いで攻めてくる。これは効く。
「今、決めなくてもいいの。パパの都合もあるし、でも一度はソフィアに見せたくて」
私の沈黙が拒絶に映ったのか母上は、結論先延ばしの提案。私は困った。もし征服地で反乱や内戦が起こっていたなら、王宮に着いた私たちの扱いで国王や軍は黙っているか。
「ピアノ!?」
無意識に出た。店内には甘い旋律。“前世”の記憶は黙っていられなかったらしい。作曲家が生きた時代について知りたい。そうすればプロになれるかも。……私は私。この人格は“過去”のもの。この時代・世界にない曲でも奏でられたら困る。
「ふふっ、ソフィア、ピアノって何?」
「……教会で見たパイプオルガンのことです」
「あぁ〜、鍵盤叩いただけで、奏でちゃうって凄いよね」
私が発する未知の単語について母上は慣れっこなので納得していた。ピアノって楽器の歴史は、“前世”の記憶基準で精々数百年。この世界にはないのかもしれない。
「もっと大きいの見たくない?」
ここで、YES/NOの選択肢が出た。YESは王宮に行く。NOであればピアノが大好きな“過去の人”に恨まれる。“知識・知恵・思考力”は使いたいので、白旗揚げる。私は私であるのに、一からやり直したい気持ち、過去の未練が交差していた。
「ぅ〜王宮には行く、でも模擬戦はしません」
「うん。パパにはそう伝えておく」
母上は“手形支払い”ではなくニコニコ現金払い。
私は王宮に特別な感情もないのに複雑な思いだった。
※※※
夜。両親は隣の部屋で何やら会話している。
「玉は余計じゃなかったかい?」
父上は天仰いで黙る。
「知らされていなかったでは遅い。模擬戦になった時の保険……って思っておいて」
私も大火傷は嫌。模擬戦もしたくない。
「……模擬戦で玉の使用は違反じゃないか」
「過去にいたでしょう」
父上は苦い顔。過去の事例があるならルールだからって未来永劫守られ続けはしない。弁論術って言うのでしょうか、父上は4歳児に言い負かされる人ですから困る。“なぜルールを守らなくてはならないのですか?”“なぜ人を殺してはならないのですか?”って問うたら壊れそう。
「……王宮に僕一人で行こうか」
母上は静かに横に首振る。言いくるめられ国王軍復帰は避けられないでしょう。
「あのね……これ」
机に出された領収書。母上の声色が違う。“前世”の記憶は黙っていて下さい。
「次は家族で行こう」
「うん」