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朝方、私はお台所にいる。父上が日曜大工で作製した踏み台が大活躍。今日のメニューはポトフでした。“前世”の記憶から引っ張り出した圧力鍋があれば時短出来るのに……、原理は知らないが“圧縮魔法”が存在すれば出来そう。
粉末の出汁もなく、“乾燥魔法”があれば、原料が何か知らないがコンソメの素が作れそう。毎日がパンで極東アジアの味が懐かしく感じる。でも、不便には思わなかった。
「ソフィアはお料理がお上手ね」
母上のお褒めの言葉に私は照れる。“前世”の記憶では、謎の長期空白期間の言い訳に花嫁修行していたって話らしい。料理、洗濯、掃除、どれも今いる世界にない“道具”が多く活かせない経験もあったが、調理刃物の扱いや火加減、洗い物は役に立つ。
誰かの努力に便乗してもいいのか疑問もある。だが、“魂”は同一なのだから、これが私の苦し紛れの言い分だった。
「父上、朝です」
私は父上に跨って揺らしている。元軍人なのだから気配で察していて、本気で眠っているのではなく、こういう行為がして欲しいのは理解していた。そして、私も嫌いではない。
父よ、あなたの慈しみに感謝して――
ここで言う父は父上ではなく、十字架に磔になった神の子でしたか。
いつもの“癖”で仏教由来の言語でお祈りしたら、両親には悪魔の言葉に思われたらしく、社会性に問題があっては困るって判断でこう言う形式になった。
ナイフ・フォーク等々のカトラリーがあったのは救いで、幼い体での扱いは難しかったが、これも“前世”の努力で褒められた。ただ、ヨーロッパで一括りにしていたらしく、英国式や仏式が混ざっていて高級店は夢のまた夢。
「ソフィア、今日は私と特訓しましょう」
昨晩、盗み聞いた話から説得があるのかって思っていたが、両親に特段の変化はなく、私は少し安心した。
※※※
土地は領主や国王のもの。父上は過去の功績からギリ貴族でしたが敷地は借り物。だが、庭は広く射程いっぱいの遠距離魔法も訓練出来る。優しい日差しに柔らかな風。軽くお茶してから、母上から渡されたのは小さな玉だった。
薄いガラスの中に液体があって、針で突く。そこらに生えていた草に垂らして手で仰いだ。この匂いは……ガソリン。“前世”の記憶にしかなかない。
「母上、この中のものは、オリーブオイルですか?」
苦し紛れに口にしたが、鯨脂の方がよかったかのでしょうか。迷う。
「似てはいますが、違います。これは……」
中東の地下から採取した粘土質の特殊な“水”は精製魔法で透明な油になる。母上曰く魔法ではないって話ですが、私もはるか未来の技術の一つだって思う。
「この玉の使い方は……」
放たれた火の魔法はマッチ一本の炎だったが、玉に触れた瞬間、恐怖する程の火の玉になった。通常、魔法は魔力が核になるが、これは玉が核になる。核は燃料って言い方が正しいかも。
「だったら、この玉で放ったエセ魔法は、空気中の“エーテル”に影響があるのですか?」
母上は頷く。
「これの対策は、玉の核が尽きるか、空気中のエーテルが無になるか」
玉の中身は注入可能であれば何でもいい。火の魔法だからって、水の魔法放ったら、玉の中身が灼熱の油で大火傷した魔法騎士がいたって話。揚げ物で天ぷら油に火が出て消火に水かけたって話に似ている。戦争はいつだって酷い。
「なら、真空にする魔法はないのですか?」
「空気中のエーテルを無にする魔法は……ある、には……ある」
母上の言葉は歯切れが悪い。真空で通じるか、合っているのか心配だったが、こどもの言葉はいつだって不規則で予想外なのだから問題はなかった。
「でも、ソフィアの言葉を借りるけど、……真空にする魔法は、今では禁忌に属するの」
この反応で“なぜ”は言葉にしていいのか迷う。
「ある戦場で、……綺麗な遺体が多く見つかったの」
“前世”の記憶が訴える。人間が活動するに不可欠な要素の一つが酸素。
お星様の世界につれて行かれた、それだけだ。