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カエリミチ  作者: シロハチ
本編
4/5

マワリミチ


 須藤先輩を追い回していたストーカーが捕まった。

 犯人は大学の人間ではなく関係のない外部の人間で、夜になると近隣の女性を付け回していた変態だということだったため、葵の件もその男で確定だったそうだ。


「早かったなー別れんの。2週間も保ってねぇじゃん」

「付き合ってねぇつったろ。お役御免になっただけだ」


 講義中、修司がペンを回しながら話しかけてきた。

 龍臣はノートを取りながら答えるが、ふと顔を上げれば視線の先には黒板でなく葵の後ろ姿を捉えてしまう。

 龍臣にはストーカーが捕まったその日に葵からチャットで連絡が来ていた。


『交番に行って窓の向こうからストーカーを確認させてもらったけど、小柄なおじさんで全然知らない人だったよ。フッた誰かの逆恨みとかじゃ無かったみたい』

『よかった。これで一安心ですね』

『うん。ありがとうね』


 『もう大丈夫』という言葉で締め括られており、『もう一緒に帰らない』とは一言も書かれてはいなかったが、一緒に帰る理由も無くなった。 とはいえ帰り道は同じだ。他に変わったがあるとすれば修司からの飲みの誘いを断る理由がなくなったくらいだろう。これから葵との関わり方がどうなるかは龍臣にもわからなかった。

 これ以上はただの我儘になると、龍臣は考えていた。

 ようやくストーカーから解放され、男に悩まされる事もなくなったのだ。

 今まではストーカーが怖いからやむを得ず一緒帰っていた。ここでこれからも一緒に帰ろうというのは、ストーカーや振ってきた男達と変わらないと思われて当然だ。事実、建前が無くなったこれからはそう取られてもおかしくない関係になる。

 少なくとも、自分から関わるのはやめておこう。

 やがて講義が終わり、葵は友人達と教室を出ていく。

 龍臣と修司もノートをリュックにしまい、席を立つ。


「じゃあ今日は破局飲みするか。お前んちで」

「……いいけど、破局じゃねぇからな」

「ハイハイ。帰りにスーパーで酒買ってこうぜ」


 最寄りのスーパーは大学の裏門を出た先にある。

 だから、龍臣が正門へ向かうことは無かった。



▲▲▲


 今日の講義が終わって、葵はいつも通り正門で龍臣を待っていた。

 しかし他の大学生が正門を通り切り、誰も居なくなっても龍臣が現れることはなかった。

 確かに講義には出ていたはずだと葵は思い出す。後ろにいた彼は存在感がある為すぐに気が付いたのだから間違いない。

 だとすると、もう帰ってしまったのだろうか。

 チャットで聞けばいいかとスマホで彼のアカウントを開いた。

 なんて聞こうかと指を迷わせていると、ふと思い返した。


(……もしかして一緒に帰るの嫌だったりしたのかな!?)


 うっかりしていた。

 男の人に好かれる方だという自覚はあったが、男なら誰でも好かれると思うのはいくら何でも自惚れが過ぎるだろう。

 そのくせさらに思い返せば散々男が嫌いだ苦手だと言いまくった気もする。

 思い当たる節があるということは嫌な思いをさせていたのかもしれない。

 龍臣が心優しい人だという事はとっくに分かっていたが、だからこそストーカーに悩む自分を放っておけなかったというだけであって、もう優しくする理由は無くなっている。

 だとしたらもう無理に関わる必要がない。その結果が今この状況ということなのではないだろうか。


(そっか……嫌われていないとしても、友達と遊んだりするだろうし、いつまでも付き合わせるのは悪いわよね……今日は一人で帰ろう)


 葵は正門から大学を出ると、自宅へ向けて歩き出した。

 大通りを曲がり、閑静な住宅街へと入っていく。

 人の気配は無く、どこかで黒猫が鳴いている。

 もうストーカーに怯えなくていい帰り道。

 なのにどこか恐怖を感じ、不安が拭えない。

 葵は寄り道もせずに真っ直ぐに進んでいく。

 そろそろ家に着く。何事もなく一人で帰ることができたと安堵の笑みを浮かべた時だった。


「おーい」


 誰かの呼ぶ声で弾かれたように振り返る。

 物陰から街灯の元へと出てきたのは黒い髪の男だった。


「笠崎くん」

「こんばんは、あーちゃん」

「驚かさないでよ……」

「ごめんごめん。そんなつもりは無かったんだよ〜」


 苦笑する鋼太郎に緊張が解けた葵は重い息を吐きだして呼吸を整える。


「こんな所でどうしたの?笠崎くんの家はこっちじゃないでしょう?」

「友達の家に行くとこ。今日はあの2年の子とは一緒じゃないんだね」

「……うん。いつも一緒ってわけじゃないんだよ?」

「そうなんだ。まぁその方がいいかもね」


 少し含みのある言い方が引っ掛かった。

 鋼太郎は笑顔のまま話を続ける。


「だって彼、昔暴力事件起こしたことある人だもん」

「へ……?」


 葵は衝撃で固まった。


「知らないの?あ、あーちゃんは他県から独り暮らしだったっけ。俺は地元の事件だったから憶えてたんだよね」

「何があったの……?」

「3年前、とある高校で生徒が教師を殴り倒す事件があってさ。病院送りになるまで殴ったんだって。あとから調べてみたら他にも他校の生徒と喧嘩したりと問題のある生徒だったみたいだよ。未成年だから顔や名前は公表されなくて知らない人も多いとは思うけどね」

「っ……」


 信じられなかった。人違いなのかと疑いすらする。

 今までどんな男が自分の隣にいたのかと想像すると、背筋が寒くなる感じがした。


「だからよかったよ。あーちゃんがあいつと一緒じゃなくて。怖かったでしょ?」

「……え?」

「え? って。言い寄られて迷惑してたんでしょ?毎日一緒に帰るよう付きまとわれてさ。逆らったら何されるかわからなかったんだから。無理しなくていいよ?」

「いや……」

「迷惑だよねぇ。釣り合うわけないのにしつこく付き纏ってくるってさ。あ、もしかしてもうフッたから居ないの?」

「違う……何言ってるの……?」


 当然のように龍臣の事を罵る鋼太郎が何を言っているのかわからなかった。

 態度は軽薄なままだが、言外にまるで憎んでいるかのような嫌悪感が感じられる。


「飲み会の時はまだ彼って確信なくて言えなかったけど、居なくなったのなら無駄骨だったね」

「……きっと何かの間違いだと思うわ」

「は?」


 葵の小さな言葉に鋼太郎は思わず声が溢れた。

 だが、葵はもう一度ハッキリと告げた。


「久場くんはそんなひどい人じゃないよ。もしその話が本当だとしても、きっと何か理由があると思う」


 知り合ってわずか二週間だが、確信を持って言える。

 彼は困っている人が見過ごせないほどお人好しなのだと、葵は身を以て知っている。

 凛とした葵の態度が予想外だった鋼太郎は激しく動揺していた。


「はぁ? あいつの雰囲気見てればわかるだろやべーやつだって。これ以上関わらない方がいいよ」

「……外側からしか彼を見てないからそう思うだけじゃないかしら。久場くんは私を守ってくれていたのよ?」

「っ……!」


 折れない葵に対して鋼太郎の顔が歯噛みして歪んでいく。

 なにか様子が変だ。


「じゃあ……私、帰るから」


 いつもの彼とは違うと悟った葵はこの場から去ろうとすると、鋼太郎は大きくため息を吐いた。


「俺だってずっと君の事を守ってたんだよ?」


 鋼太郎のくしゃりと笑った表情に怖気を感じて葵が後ずさった瞬間、すかさず彼の左手が彼女の腕を掴んだ。


「っ、離して!」

「付き合ってるってバレたくないの分かってるから一緒にいなかっただけで、ほら見てよ。ちゃんと君の事を守ってた証拠だよ」

「……なに、それ」


 見せられたスマホには何枚もの葵の写真が映っていた。

 大学の教室、買い物姿、帰りの後ろ姿など、どれも身に覚えのない盗撮されたものばかりだ。

 葵の顔からは血の気が引き、一気に青ざめた。

 ストーカーは二人いた。だが、捕まった男は『葵の』ストーカーではなかったのだ。


「貴方だったの……私をつけ回していたストーカーは」

「恋人の為ならこれくらいしてもいいだろ?」

「私は貴方の彼女じゃ───」

「うるさいよ」


 パンッ


 鋼太郎の右手が頬を叩いた。

 俯いた葵は震えながら、叩かれた頬を左手で擦る。


「大人しくついてきてよ。俺の家で少し話そう。大丈夫、言うとおりにしてくれたらこれ以上はしないから」


 いつものように明るくかけられた声が逆に恐ろしく、肩が揺れた。

 恐る恐る目を向けると、キツネ目の瞼の隙間から見せる瞳は今までの男達と同じ下卑た心が透けて見える。

 連れて行かれた先でどうなるかなんて怖くて想像もできない。

 気を緩めればすぐにでも泣きだしてしまいそうだ。

 葵は恐怖で動けずにいると、腕を引かれていたことに気が付かなかった。

 それがいけなかった。


「俺の言う事ちゃんと聞けよ」


 また鋼太郎が右手を振り上げる。

 今度はさっきよりも強く振り下ろされた。

 反射的に葵は強く目を瞑った。


 ……痛みは来なかった。

 とっくに叩かれているはずのタイミングで来ない痛み。

 葵はゆっくりと目を開けた。

 鋼太郎の振り上げた右手がそのまま、動いていなかった。

 街灯の明かりに晒されている右腕をよく見ると、誰かの右手に手首を掴まれていた。


「なにやってんスか、あんた」


 聞き慣れた男の声が響く。

 鋼太郎の後ろに現れたのは居るはずのない男。

 久場龍臣だった。

 龍臣はさらに左手で襟首を掴み、両手で葵から鋼太郎を入れ替わるように引き剥がした。


「な、なんでお前がここに!」

「うるせぇ!」


 すかさず顔面に拳を叩き込み、ブッ飛ばした。

 地面に倒れ込んで痛みに悶絶している鋼太郎をよそに龍臣は葵の方に振り返る。


「だ、大丈夫すか!?怪我は!?」

「大丈夫、だけど……久場くん……どうしてここに……?それにすごい汗」

「ぜぇ、はっ……ちょっと気がかりがあったんでもしかしてと思って来たんス。全速力でっ、走ったんで……はぁっ、間一髪ってとこスかね……」


 講義の後、龍臣を待っていた葵が諦めて家に帰り始めた頃だった。

 龍臣は修司と共にスーパーで酒とつまみを選んでいたのだが、頭の隅にはずっと葵の事が引っかかっていた。

 何かがしっくりこない。だがそれが何かはわからない。

 つまみの棚を見ながら、喉に骨が刺さったような気分で龍臣は首を傾げる。


「うーん……やっぱ一緒に帰った方が良かったかな……」

「なんだよまだ未練タラタラなのか?」

「そういうのじゃねぇよ。ストーカーの件がなくても夜道に女が一人って普通にあぶねぇだろって。送って行くべきだったのかとちょっと後悔してるだけだ」

「これが下心無しのマジで言ってっからピュアだよなお前……まぁストーカーを実際に見たってんなら洒落になんねーか」

「そうそう。そうなん……だよ……」

「ん?どうした?」


 頷きながら話していた龍臣が急に静かになり、修司は不思議そうに顔を覗く。龍臣はスマホを取り出してアプリの葵とのチャット欄を開いていた。


(そうだよ。俺はあの日、ストーカーの姿を見ている)


 龍臣の身長は183センチ。あの日見た男はそれより低い程度で、大体170センチくらいはあったはずだ。

 葵からのチャットには『ストーカーは小柄な男性』と書かれている。


「修司、須藤先輩ってお前と同じくらいの身長だよな」

「ああ、俺172で須藤先輩はちょい低いくらいかな。女子にしては高いんじゃね」


 男女の身長の基準が違うにしても、自分と同じくらいの身長を小柄とは言わないだろう。

 首筋に嫌な脂汗が伝う。

 龍臣はすぐに葵へ電話をかけた。

 もう家に着いてる頃だろうか。杞憂ならそれでいい。

 だが、無情にも電話は彼女に繋がらなかった。


「くそっ!」

「あ、オイどこ行くんだよ!」

「悪い! 俺んちで待ってろ!」


 スーパーを飛び出し、葵の家へと向かう。

 近道は無く、最短で行く為に大学へ戻り校内を裏門から正門まで一気に突っ切っていく。

 夜間部サークルの生徒が走る龍臣を見て何事かと目を丸くするが、構わずに走った。

 その間に何度も電話をかけるが出る気配はない。


「ああもう! 頼むから無事に家に居てくれよ……!」


 願うように走り抜ける。

 そして大学を出て住宅街に入り、襲われている葵を見つけたのだった。


「何度も電話掛けたんスけど繋がらなくて」

「え?あ……マナーモードになってる。講義中に鳴らないようにしてたままだった」


 ポケットのスマホには鋼太郎に会う前からの着信の通知が何件も入っていた。


「ごめんね。何度も掛けてくれてたのに」

「間に合ったんで気にしないでください。無事でよかっ……」

「?」


 龍臣が葵の顔をよく見ると左の頬が赤くなっているのに気が付いた。

 さらに目元は涙目で少し腫れたようになっている。


「……あいつに殴られたんスか」

「え?あ、これは……そうなんだけど……」


 その瞬間、龍臣から表情が消えた。

 「平気よ」と微笑んで左手をさすってみせた葵は、龍臣の背後で起き上がる彼に気が付いた。


「久場くん!」


 龍臣は両手で葵を庇うように後ろへずらした。

 振り下ろされた腕は彼女から外れたが、龍臣に傷を負わせた。

 パーカーから血が滲み落ちる。

 鋼太郎の手には、ナイフが握られていた。


「ナイフ!? 何でそんなものを」

「君の為に決まってるだろ、あーちゃん。俺は殺してでも守るつもりだったんだから。待っててね。コイツ殺したら一緒に帰ろう?」

「やめて!久場くん!逃げ……」


 龍臣の顔見て葵は気付いた。自分の声は既に届いていないことに。

 切り傷を痛がりもせずに龍臣は鋼太郎を睨みつけていた。

 葵の肩を掴んでいた両手を離し、鋼太郎に向き直る。


「……」

「久場くん……?」

「やる気か?ナイフが見えてないのか?」


 胸にナイフを突き付け、脅す。

 だが、龍臣は動かない。


「オイ」

「あ?」


 鋼太郎の視線がナイフから龍臣の顔に行った瞬間だった。

 龍臣の左手が鋼太郎の右手首を掴む。


「なっ!」

「ナイフくらいでビビると思ってんのか」

「いっ……! があああああっ! 離せっ、離せぇ!」


 掴まれていくら引っ張ってもびくともしない右手はどんどん龍臣の左手に握り締められていき、たまらずナイフを手放した。


「このっ! クソッ! お前みたいなのがあーちゃんの側にいていいと思ってんのか! ふざけんなよ!」


 残った左手で龍臣の顔面を殴る。

 龍臣は仰け反ることもなく、今度は左手も捕まえた。


「ふざけてんのはどっちだ。誰のせいでこうなったと思ってんだ!」


 龍臣の本気の頭突きが、鋼太郎の顔面にめり込む。

 手を離されて尻もちをついた鋼太郎はさらに襟を掴まれる。

 鋼太郎にまたがり、もう一発顔を殴る。

 龍臣は完全に頭にキていた。

 さらに握り拳を作り、構える。


「散々苦しめた挙句、手まであげたクソ野郎が!」

「やめて!」


 葵の声で、拳が止まった。

 鼻先で止まった拳に、鋼太郎は恐怖で白目を剥いていた。


「……二度と先輩にその面見せんなよ」


 念を押して鋼太郎から手を離して立ち上がると、葵が怯えた目でこちらを見ていた。


「……すいません。やり過ぎました」

「うん……でもありがとう。守ってくれて」


 龍臣は葵に歩み寄ると、両手で強く抱きしめた。


「無事でよかったです」


 その事実を噛み締めるように抱きしめてから離す。


「す、すいません。いきなりこんなこと」

「ううん。私もしたかったから気にしないで」

「え?」


 さらりと流れた言葉に龍臣の顔が赤くなる。

 葵はもういつも通りに戻っており、スマホから電話を掛けていた。


「とりあえず警察呼ぶわね」

「あ、救急車もお願いします。右腕、今になって痛くなってきたんでー」

「久場くん!?」

 

 緊張の糸が切れ、そのままバタリと倒れ込んだ龍臣にまた慌てる葵だった。



 数日後、事情聴取と怪我の治療を終えた龍臣は講義のために久し振りに大学へと訪れていた。

 席が4つある長机の右から2番目の席に座ると、なにやら周りの様子がおかしいことに気が付く。

 辺りを見回すとこちらを見ていた生徒たちが目を逸らしたりしていた。


(なんか見られてる……)

「よう人気者。怪我は治ったのか?」


 修司が当たり前のように左隣に座り、真ん中2つの席が埋まった。


「ああ、怪我はもう平気なんだけど……人気者って?」

「知らねぇの? ここんとこお前の話で持ちきりよ」

「なんの話だって?」

「『変質者を一方的にボコボコに殴り倒して警察に連行された暴漢』って」

「合ってんだけど言い方がひどい」


 人気というか野次馬興味が向いてるだけのようだ。

 元から避けるために見られていたのがより見られるようになっただけだろうと龍臣は考えていた。

 講義は始まったが、修司は変わらず話しかけてくる。


「びっくりしたぜー?お前んちで待ちぼうけくらってたら警察に連れて行かれてんだもん。相変わらずだよなぁ」

「……高校の時のこと言ってんのか」

「そうそう。あ……」

「ん?」

「いやなんでもない。あの時もお前ヤバかったよな。セクハラ教師ぶん殴ってめっちゃ問題になってたもん」

「あの時も夢中になって殴り倒しちまったからなぁ……」

「俺が他校の生徒と喧嘩してる時は見つけたら必ず助けに来たもんなお前」

「アレは巻き添えって言うんだ。お前とつるんでたから目ぇつけられて喧嘩させられて問題児扱いだぞ。まぁそれもやりすぎって言われたからな……今回もやらかしたし、先輩には嫌われたかもしれん」

「そんなことないと思うよ?」

「えっ?」


 聞き慣れた女性の声に思わず振り向く。

 いつの間にか反対隣には葵が座っていた。


「こんばんは、久場くん」

「い、いつから……?」

「今来たとこだよ。高校の〜辺りから」

(修司の野郎。さっき口篭ったのはそれか!)


 修司へ向き直るとニヤニヤとした顔でこちらを見ていた。講義中でなければ絞め上げているところなのに。

 ひとまず葵の方へと顔を戻す。


「その後、どうでした」

「笠崎くんのスマホに盗撮写真があったからそういうのが証拠になって処分が下されるみたい。退学になるのは間違いないって」

「そうスか。やっと終わったッスね」

「うん。龍臣くんのおかげだよ。本当にありがとう」

「……うっす」


 照れくさそうに首を擦ると、ちょうど講義が終わった。

 リュックにノートを詰めていると見知らぬ女子が二人、龍臣達のもとへやって来た。

 二人とも明るそうな女子大生だ。同い年だろうか。


「あの、ストーカーやっつけた久場くんってキミ?」

「え?あ、うん。俺」


 そう言うと二人は「すごーい!強いんだね!」「ねぇねぇ、格闘技とかやってるの!?」と質問攻めを畳み掛けてきた。

 龍臣はテンションの高い二人に押されてたじたじになる。


「これから飲みに行かない?話聞きたーい」

「お、いいじゃん龍臣。飲みに行こうぜ」

「あ、ああ」


 流されて頷いた龍臣が席を立ち上がると、突然後ろから手を引かれた。


「ごめんなさいね。彼は私と先約があるから」

「え、えっ?ん?」


 葵が龍臣を奪い取り、笑顔で彼女らと別れて教室を出て行った。

 素早く去っていった二人に取り残された三人は呆然とし立ち尽くす。


「じ、じゃあ三人で飲みに行こっか!」

「誰アンタ」

「キモ」


 教室には修司一人が静かに取り残されるのだった。


 龍臣は手を握られたまま、葵の後ろをついて行く。

 大学の正門を出た所で、ようやく葵のあしがとまった。


「ここまで来ればいいかな」

「あの、用があったんじゃ」

「うん。今日は二人で呑みたいなぁって思って。誘うつもりだったのに他の子が声掛けてたから。……久場くん?」


 龍臣が固まっていた。

 葵から誘われるという事の喜びやら衝撃やらでショートしていた。


「……もしかしてあの子達との方が良かった?」

「いえ、いえいえ全然! 知らない人ですし! 須藤先輩と呑みたいッスよ! 嬉しいです」

「そっか。よかった。フラレちゃったら一人で呑むところだったわ、なんてね」


 わざとらしく困った顔を見せたあと、花のように咲いた笑顔で微笑む。

 魔性じゃないか。緩みそうになる頬を片手で掴んで抑えた。


「それじゃあ行こっか」

「ちなみにどこで呑むとか決めてます?」

「んー、私の家で宅飲みだよ。お酒買っていこう」

「了解ッス………うん?」


 聞き間違いを疑うが、何度思い出しても彼女の家と言ったとしか思えない。

 またしてもショートしていると、葵が耳元で小さく囁いた。


「酔っちゃったら『介抱』してね?」

「え」


 どう捉えるべきか、からかう葵は考える間も与えずに手を引いて進み出す。

 葵と龍臣は今日も人気の無い夜道を歩いていく。

 二人だけの帰り道。





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