大夜会の隅っこで
「ナントカ嬢、お前との婚約を破棄する」
「カントカ嬢、貴様との婚約は白紙だ」
大夜会の会場は今日も婚約破棄で賑わっていた。
ナントカ令嬢にクドクド罪状を突き付けている侯爵家令息は、今月二度目の婚約破棄。
カントカ令嬢に白紙撤回を求めている伯爵家令息は、先月に続いての暴挙だ。
…と、近くにいたご婦人方が噂していた。
みんな、モテていいなあ。
何度も婚約破棄が出来るほど縁談が来るのだ。
男爵家の、それも三男坊の僕には羨ましい限り。
今夜は王家主催の大きな夜会なので男爵家にまで招待状が届いた。
本当は長男である上の兄さんが出席の予定だったけど、義姉さんが急に産気づいた。
下の兄さんは出かけていて、僕にお鉢が回ってきた。
うちの男爵家は一応領地持ち。
王都からは少し離れているが街道が交わる、まあまあの要所にある。
そこで地方都市を結ぶ馬車を走らせて稼いでいた。
祖父の代から始まった運送業は少しずつ規模が大きくなり、その辺りでは名の知れた家になっていた。
仕事は一年中あり、家族全員忙しい。
長男は親戚筋から縁談が来たが、三男坊には来るはずもない。
しかも、自分で探す暇もない。
こんな大きな夜会に出られてチャンスなのだろうとは思う。
だが、どうしていいかわからないのが本音。
入り口で招待状が回収され、男爵家の者が出席したという証拠はあるので一応義務は果たせた。
上の兄さんからも、失敗するくらいならダンスもしないほうがいいと言われたし。
とりあえず、普段食べられないごちそうを頂こうとテーブルに向かう。
初めて見た料理を中心に、あまり下品になり過ぎない量を考えながら取り皿に盛りつけた。
近くにベンチがあったので、座って食べることにする。
「うまッ! なにこれ?」
思わず声を出しながら食べていると、人の近づく気配がした。
「お隣よろしいかしら?」
見上げると、小柄で華奢で、とにかく綺麗な女の子が立っていた。
「どうぞ」
どこの令嬢だろうと思いつつも、じろじろ見るのは失礼だ。
食べるのに集中していると
「はい、どうぞ」と飲み物を差し出された。
ワインだったので、申し訳ないが断る。
「ありがとうございます。でも、お酒に弱いので外では飲みません」
「あら、それは素晴らしい心がけだわ」
彼女は給仕を呼ぶと、冷たいフルーツティーをとってくれた。
再びお礼を言って受け取る。
食べるのに夢中で飲み物のことを忘れていた。反省だな。
「貴女は召し上がらないんですか?」
「…貴方が食べているのを見ていると、食欲がわくわね。
何かお勧めはあるかしら?」
「このスモークサーモンが素晴らしいです。
脂も乗り過ぎてないし。薄さが絶妙。冷たさも申し分なしです!」
他もみんな美味しいんですけど、初めて食べた物が多くて名前がわからない、とぶっちゃけた。
彼女は「正直な方なのね」と微笑んだ。
デザートを頂こうかしら、と彼女が言った。
僕に選んで欲しいというので、レモンの乗ったレアチーズケーキにした。
爽やかな甘さと酸味を二人で堪能し終わるころ、彼女の友人らしい令嬢が呼びに来た。
「楽しかったわ。ありがとう」
「こちらこそ、ありがとうございました」
結局、大夜会の隅っこで、ごちそうを食べるしか出来なかった僕だった。
でも、彼女のお陰でなんだか充実した時間になったなあ。
すごく可愛い人だった。
レアチーズケーキを食べるたび、彼女を思い出すんだろうなあ。
どこのご令嬢かは知らないんだけど…
それから半月ほど後、家族会議が必要な招待状が送られてきた。
なんと、王女殿下主催のお茶会へのお誘いだ。
「な、なんで僕なんかに…」
家族全員、僕の意見に同意した。
王女殿下のお茶会と言えば、上位貴族のご友人とするのが普通だ。
なにか功績でも挙げて、特別に呼ばれるならわかる。
僕には、まったく心当たりがない。
「断れないことだけは間違いない」と上の兄さんが言えば
「お茶会で殺されることはないだろう」と下の兄さんが続ける。
まあ、何かの間違いで最悪命を取られても、家業にはさほど響かないだろう、なんて僕は暢気に考えた。
お茶会の会場は王宮の奥まった庭園。
男爵家の僕がそんなところまで行けるのは最初で最後であろう、というような場所だ。
警備もそれなりに物々しい。
当日、会場に着いて招待客の顔ぶれを見て驚いた。
皆、地味でパッとしない貴族令息ばかり。
もちろん、僕も含めてだ。
王女殿下のご招待なので頑張って一張羅を着てきたような奴らしかいなくて、安心なような不安なような。
下の兄さんは殺されることはないだろう、と言ったけど、何らかの魔術の生贄にお前たちが選ばれたのだ、と言われても納得しそうな面子だ。
生贄の一人が話しかけてきた。
「こんにちは。君も招待客だよね?」
「こんにちは。そうですが」
「僕は伯爵家の次男なんだけど、なんで呼ばれたのかわからなくて…
王女殿下と直接話したこともないし」
「僕もです」
僕に話しかけてきた伯爵家令息は、この中では一番身なりがよかった。
服に着られてる感がないのだ。
それに、僕が男爵家の三男だと言っても、態度が変わることもない。
少し気分がほぐれて、他愛もない雑談をした。
やがて、王女殿下のお出ましです、と先触れがあった。
皆が跪こうとすると、先触れに来た従者が
「王女殿下のご意向で、本日は楽になさって欲しいとのことです。
礼をとるのも、最低限で構いません」と告げた。
手入れの行き届いた庭園とはいえ、一張羅で跪くのは葛藤があるのだろう。
ホッとしている奴が何人もいた。
やがて現れた王女殿下は、顔が小さく、華奢で、とても綺麗で可愛かった。
「皆さん、本日はようこそ。
王宮の料理人が腕によりをかけた料理が揃ってますわ。
存分に楽しんでいってくださいませね」
王女殿下の後ろからは、これまた華やかで綺麗な令嬢たちが次々やってきた。
令嬢たちは会場に入るなりさっと散らばり、積極的に令息たちに話しかけている。
この光景は…お見合い?
王女殿下主催のお見合い?
首を傾げていると、なんと王女殿下が僕に話しかけてきた。
「ごきげんよう」
「王女殿下、本日もご機嫌麗しく…」
ああ、言いなれない挨拶が続かない。
「緊張しなくてもいいわ、スモークサーモンの君」
彼女は笑っていた。
「え? あれ? 大夜会の時の?」
「ええそうよ、忘れちゃったの?」
「あの、女性は装いで見違えてしまうので…」
「本当に正直な方ね」
せっかくなので、すっぱり訊いてみよう。
「このお茶会は、お見合いなのですか?」
「ええ、出席者が減ると困るので目的は書かなかったの。
女性の方は高位貴族のご令嬢も多いわ」
「なんでまた…」
「そう思うわよね。実はね…」
話を聞いて納得した。
高位貴族令嬢と下位貴族令息のお見合いの理由は、度重なる婚約破棄だった。
女性を軽視した婚約破棄が流行ったせいで、高位貴族の令息が見限られたのだ。
「次々と婚約破棄して、次々と乗り換えて…令嬢側からしたら冗談じゃないわよね」
確かにそうだ。
王女殿下はご友人とのお茶会で度々相談を受け、ついには高位貴族令息の調査に乗り出したのだそうだ。
中にはまともな令息もいたようだが、女性軽視、女性蔑視のふざけた輩が多かった。
結婚相手にはふさわしくない令息を排除していった結果、令嬢に対して令息の数が圧倒的に不足した。
それなら、と伯爵、子爵、男爵家の令息も調査してみた。
すると、それなりに苦労して真面目な令息が多い。
真面目過ぎて家業に勤しみ、女っ気なし、なんて最高じゃないか。
令嬢側も考え方を改めた。
夜会で無理して社交するより、同じ苦労なら穏やかな家庭を築くためにするのも、ありじゃないか。
調査結果と令嬢方の意向をまとめて、王女殿下は国王陛下に掛け合ったそうだ。
婚姻に際して、身分よりも相性や本人の意思を尊重してほしい、と。
そして、本日のお見合い茶会が開かれたそうだ。
「呆れた?」
「いえ、まさか。王女殿下でなければ出来なかった素晴らしい仕事だと思いました」
「あら、嬉しいわ」
庭園では早くもカップルが何組か誕生したらしく、微笑みあいながら散策したり、二人きりでお茶を楽しんだり。
「あ、そうだわ! 今日もあるのよレアチーズケーキ」
王女殿下は給仕に、レアチーズケーキとアイスティーを運ばせた。
お見合いの主催である王女殿下が、ここで婚約者探しをすることは流石にないんだろう。
結局、お茶会の最後まで僕は王女殿下と話していて、お見合いに参加できなかった。
いや、何しに呼ばれたんだって後から思った。
数か月もすると、侯爵家に入り婿したダークホースの子爵家四男とか、侯爵家の次女と婚約して伯爵位につくことになった男爵家次男などの話題が世間を賑わせた。
婚約破棄を繰り返して、とうとう相手がいなくなった公爵家嫡男、なんてゴシップもあった。
僕はといえば、相変わらず忙しく働いていた。
今日は荷車の御者として、片道一日かかる町まで行くところ。
運んだ荷物をおろして町で一泊してから、別の荷物を預かって帰る予定だ。
同行者は荷下ろし荷揚げを手伝ってもらう従業員一名。
ところが馬車にはなぜか三人乗っている。
「あっちの馬車に移ったほうがいいんじゃないですか?」
「大丈夫よ、特製のクッションを作ってもらったもの」
ご機嫌な顔で隣に座っているのは、王女殿下だ。
みすぼらしい、とまでは言わないが、ごく普通の荷馬車の後を王家の紋章を付けた豪華な馬車がついてくる。
馬に乗った騎士が4人、護衛としてあたりを警戒していた。
最初はこの光景に面食らっていた周囲も、すでに馴染んでしまった。
この街道沿いでは、もう誰も驚かない。
お昼近くなると王家の馬車が先行し、昼食の場所を準備してくれる。
王女殿下にお昼を食べさせないわけにもいかないので、お相伴にあずかる。
「今日はローストビーフのサンドイッチを作ってもらったの」
しっかり冷たいサンドイッチは、さすがに旨い。
「美味しいです」
ニッコリ笑う王女殿下は今日も可愛い。
そしてデザートは思い出のレアチーズケーキだ。
まあ、彼女は週一で押しかけてくるので、思い出は毎週更新される。
食事を終えて空を見ると、どうも雲行きが怪しい。
「王女殿下、天気が崩れます。本日はここからお帰りください」
「大丈夫よ。雨具も持ってきたわ」
「貴女に何かあったら、僕が後悔します」
「…わかったわ。あなたも気を付けてね」
王女殿下一行を見送って、僕も馬車を進めた。
静かになった隣がやけに寂しい。
彼女の顔を見ていると何も言えなくなるけど、顔を見られない時は彼女のことばかり考えている。
もう、ここまで来たら一世一代の勝負。死ぬ気でプロポーズするしかないよな。
雨が降り出しそうなので、馬車を止めて積み荷を確認し雨具を着けた。
慎重に手綱を操りながらも、頭の片隅でプロポーズのことを考えていた。
まあ、断られる可能性も十分あるし。
断られなかったら……彼女がいつも隣にいてくれるようになるんだろうな。
それは、ちょっと、とても、なんだか、素敵なことのような気がした。
続編『小さな広場の真ん中で』を投稿しました。併せてお読みいただけると幸いです。