7.凡凡と祭り最終日
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二日目の剣技の部門も、拳闘部門と同じく帝国のマルチが優勝した。また、エキシビションも前日と同じくディーンが務めた。
剣技においては、拳闘よりも圧倒的であった。マルチが放つ剣戟を全て捌ききり、ディーンがマルチの首筋に刃を立てたところで試合終了となった。試合時間は拳闘よりも長く、2分ほど続いた。まさしく、マルチの息が切れたところでの終了となった。
そして、3日目。総合部門。この部門は先代から発足した新しい部門であり、拳闘、剣技はもちろん、武術大会であるにも関わらず魔法の行使まで可能である。この部門が発足されてから、3日目が本番と言われるほどになり、その盛り上がりも他2日とは比べ物にならない。また、前の2日を準備運動として、3日目から本気を出す者もいる。それほどまでに、この3日目というものは重要なのである。
3日目の開会宣言も恙無く行われると、タントは眠そうに目を擦った。
「どうした、大会の興奮で眠れなかったか?」
隣にアルスタが微笑みながら尋ねてくる。
「ええ、まぁ、そのようなものです」
持参した暇潰しの本が面白かったので、思いの外夜更かししてしまったとは言えず、タントは首を縦に振る。
「もう興味を失くしてしまったかと思ったが、まだ冷めきっておらぬようで安心した」
アルスタがウンウンと頷く傍ら、タントはつまらなそうに試合を見ていた。
「おおっと~!前2部門優勝者のマルチ選手!早くも2回戦にて敗退!やはり3日目は一味違う~!」
─ワァァァァァァ!─
会場の熱はやはり前日や前々日とは比べ物にならない。
「この総合部門はお祖父様が新たなる才能、いや戦力を見つけるために興した部門だ。あの時代は魔族との戦争が最も激しい時期であったからな。その戦争を終わらせることができたのを俺は誇りに思うぞ、タント」
「俺もそう思いますよ」
「そうか、お前もそう思っているようでよかった。いいか、お前は周りに言わ─「アルスタ様、客人がお見えです」
「...誰だ?今は行くことが出来ないと伝えろ」
「しかし─「邪魔をするな、と言っている」
「はっ、失礼致しました」
従者は頭を下げて、早急にその場を去った。
「いいですよ。話は後で聞きますから」
「そう言ってお前はいつも居なくなるじゃないか」
「その間にこちらも急用ができるだけですよ」
「そうだとしても今日は逃がさんぞ。いい機会だ。この場で腹を割って話そうじゃないか...そんな嫌そうな顔をしてもダメだ」
「あらぁ、全然お暇そうではありませんかぁ!」
アルスタがタントに詰めよっていると、どこからか猫なで声が聞こえた。
「サデラ嬢、今は取り込み中なのでお引き取り願いたい」
サデラ・ドンカシ。魔国の第2王女であり、アルスタの側室になるのではないかとまことしやか囁かれいる人物だ。
「兄弟でのお話なんてぇ、いつでもできませんことぉ?」
サデラはチラリとタントの方を見る。その目はまさに養豚場の豚を見るように冷たい。
「どうやら、お邪魔のようですので失礼しますよ」
タントは面倒くさそうに立ち上がり、その場を去ろうとする。
「待てタント!話はまだ終わっていない!お前は─!」
アルスタは必死に叫ぶが、タントは売店で何を買おうかと夢中になっていて聞いていなかった。
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売店に向かう途中、タントはラスバとすれ違った。彼の周りには第1王女である妹のラディナを始め、多くの令嬢が引っ付いていた。タントはその中にラスバに好意を寄せているという魔族の姫を探したが、その姿は見当たらなかった。ラスバ自身とは会話どころか目配せすらせずにただただすれ違った。
出店には試合中のせいか、現在それほど人はいなかった。それどころか、店員さえいない店もあった。
「どうも、タント殿下。何に致しましょうか」
タントは飲み物の屋台の前に立ち、数秒ほど悩んだ後、メニューを指差した。
「ミックスベリー」
「かしこまりました。少々お待ちを」
完成までその場で待っていると、何者かに話しかけられた。
「貴方が、タント・クルニスですか」
頭の角に蒼色の肌、そして顔にある独特の痣、魔国の王族であるのには違いないが、タントはそれが誰であるかはわからなかった。
「失礼ですが、お初目ですよね」
「申し遅れました、私はゴナ・ドンカシ。御察しの通り、魔国の王族です」
「これはどうも、改めましてタント・クルニスです」
お待たせしました、と店員がタントにジュースを渡す。
「お暇でしたら、ぜひお話をさせていただきたいのですが」
「お暇ではないので、申し訳ありませんが失礼します」
「えっ?あっ......」
ズゾゾーとストローでジュースを吸い込みながらタントは会場の方へ戻っていった。
「噂通り、ですね」
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場を離れた後のタントの表情は硬い。
魔族か。どうにもこうにも、慣れないものだ。いや、慣れてはだめだ。それは、俺の罪から逃げることになるから。
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「優勝はぁ!なんとぉ!我がエヴンダ王国のモーブだぁぁぁ!」
実況は高らかに宣言する。開催国の優勝者ということであり、その歓声は凄まじい。その温度も冷めやらぬまま、優勝者インタビューに移る。
「おめでとうございます!モーブ選手!」
「ありがとう!」
「今の気持ちをお聞かせください!」
「感無量です!自分の望みが果たせそうで嬉しいです!」
「果たせそう、ということはどういう意味でしょうか?」
「それはこの後のエキシビションに勝って俺、いや皆の望みを果たすということです」
3日目の総合部門のエキシビションはなんと王子に勝てば王がその者に褒美を与えるという特典つきだ。これは先代が選手たちの意欲を掻き立てるために導入したものである。
「その望みとはなんでしょうか?」
それは、とモーブは一息吐いた後、大きな声で答えた。
「タント・クルニスの追放です!」