6.凡凡は試合にでない
##
タントが席に戻った頃には既に一回戦の準備が始められていた。
「兄上、どこへ行っていらしたのですか?」
席に座ると、さらに不機嫌になったディーンが声を掛けてくる。
「服装が不適切だと言われたからな。着替えてきた」
「それについては、分かって頂いたようで喜ばしいことです。しかし、時機というものがあるでしょう!」
「開会式に出なかったことか?それで、進行に不都合はあったのか?」
「そのようなことを言っているのではありません!」
「何が言いたい?お前は俺に何を求めてるんだ?」
「兄上、どうかご自身についてもう一度よく鑑みてください」
ディーンはそれだけ言い残して、その場を去った。
「具体的に言葉で説明してくれないとわからないなぁ」
何とも煮えきらぬ気持ちで、タントは試合を見続けた。もちろん、内容など頭には入って来ていない。気づけば表彰式は終わっており、その後のエキシビションマッチへと入ろうとしていた。
##
「優勝者は、ガーダ帝国のマルチ選手ー!」
実況が大声で叫ぶと、会場は大きく沸き上がった。
「さぁ、マルチ選手!闘いたい王子は?」
実況がマルチにマイクを向けるとマルチは大きな声で答えた。
「もちろん、ディーン殿下です!」
その答えに会場は再び沸き上がる。ディーンは羽織っていた上着を脱いで、観覧席から直接リングへと降り立った。その光景でさらに会場は沸き上がる。
「殿下!どうかお手合わせをお願いいたします!」
「お手柔らかにな」
ディーンが軽く微笑んだところで、試合開始の号令がかかった。
「はぁ!」
先手必勝と言わんばかりにマルチはディーンの懐に忍び込む。ディーンはそれを確認してなお、微動だにしていない。
「虎鉄三連撃!」
そのまま、マルチの鉄のよう重い三連撃が虎の猛撃がごとく、ディーンの正中線に叩き込まれる。
「秘・水鳥歐雅!」
間髪入れずにマルチの連続回転飛び蹴りが、ディーンの首筋に打ち込まれる。
「奥義・蛇剛柔熊!」
その蹴りの流れで、マルチはディーンの首に足を絡ませて極め技を仕掛ける。
取った!
マルチは一瞬だけ、己の勝利を確信する。しかし、その淡い希望は次の瞬間、打ち砕かれた。
「なるほど、いい技だ」
ディーンが余裕そうに呟くと、宙を漂う羽を摘まむかのように、マルチの足を引き剥がした。
「確実に人体の急所を狙った連続攻撃。それも一撃一撃が研ぎ澄まされている。受け手が並の人間なら既に死んでいるな」
コキコキ、とディーンは首を鳴らす。
「殿下には、それほどの攻撃でないと通用しないと思いましたので...。この技は俺の半生を掛けて磨いたものです」
「貴殿の人生をかけたその努力に敬意を表する。よって、俺も最高の技で応えよう」
─ビュオオオ─
風の音が会場に響く。しかし、これは風などではなく、ディーンの呼吸によって発せられた音である。
「覇ッ!」
深く腰を落とした正拳突き。現在、ディーンとマルチの距離は数メートルほどあるが、ほぼ遅延なくマルチの身体がリング外まで吹き飛ばされた。
外の審判がマルチの様子を見て、リング内の審判に合図を送る。
交差された両腕
「決着ぅー!」
審判が告げるよりも早く、実況がけたたましく叫んだ。終わってみれば、一分ほどのエキシビション。それでも、会場の盛り上がりは本日一であった。