36.凡はとまらない
あけましておめでとうございます。
今年もどうぞよろしくお願いします。
#η
「とりあえず、移動するか。同じ場所にいつまでも居るのは良くない」
「上に出るのですか?」
「時機を見計らってだ。下水道の出入りは人通りの少ない時間帯だと誰かに見つかる可能性が高い。それに出る場所についても雑踏がいい。その方が人混みに紛れやすいからな。特にそのローブで気配を消しているなら尚更だ」
アリギアの説明を聞いて、まず違和感を抱いたのはミイネの魔力についてだ。話を聞く限り、彼女は魔祖樹と同等の魔力を有している。いくら自身で抑えられるといっても、魔祖樹ほどの膨大さとなると漏れ出る魔力すら尋常ではないはずだ。しかし、彼女からは何も感じない。それも不自然と言っていいほどに。
そして、彼がエキスパの弟子だという言葉を思い出して、ピンと来た。おそらく、彼の魔法具の影響なのだと。見た限り、それらしいのは二人して身にまとっているそのローブだ。
「その後は?分かっているとは思いますが、国境を渡るのは容易ではありませんよ」
「無論、既に賢者たちは俺たちが国を出ようとしたらすぐに分かるように全ての国境線において血液に反応する血紡結界を張っていると考えていい。奴らがミイネの血を手にする機会なんていくらでもあっただろうからな。それに血紡結界といってもその最上位の血鳴結界である可能性が高い。そうなると、一旦身体から血液を全て抜かない限り、彼女は結界の外には出られない」
「ならば、どうしますか?」
「賢者たちの亡命ルートがあるはずだ。あいつらほどの小心者が自分たちの場合に備えてその結界を潜り抜けるための逃走経路を用意していないはずがない。それを俺が探り当てる」
概ね正しい認識です。国を覆うような結界は地殻から雲居にかけて円状に展開されています。そして、そのような大掛かりな結界は即席で張ることなど不可能。予め構築しておいた物に魔力を注いで展開したと考えてよいでしょう。そこに万が一、己が対象となったとき用のために抜け道を用意していると考えるのが自然。さすがに鈍ってはいないようですね。
「もし、その場に賢者たちが待ち構えていた場合はどうしますか?」
「その時は強行突破だ。現時点での脱出経路はそこしか考えられない。空を飛ぼうが、地面を掘ろうが、抜け道を見つけない限りは結界から逃れられないからな」
「いいでしょう」
どちらにせよ、緻密に案を練っている暇はありませんから。
─カツン、カツン
「ッ!」
もう既に追っ手がこんなところにまで来ているとは……。
「君は時間を稼いでください!この玉があればすぐに合流できますから!頼みますよ!」
本来なら僕が時間を稼ぐべきなのでしょうが。やはり二人きりにするには不安要素があまりにも大きすぎる。多少不自然であっても、ここは彼に任せるしかない。
互いに共鳴する魔道具の一方を強引に押しつけ、その場からミイネを抱えて駆け出す。
彼は一言も狼狽えることなく、ただ足音のする方に視線を向けていた。あの時と変わらぬ眼差しで。
#
殿は俺かよ。
いや別に文句はないんだが、こういう時は年長者が率先して足止めするんじゃないのか?その文化があるのはエヴンダ王国だけか?
そう思いつつも、徐々に迫り来る足音に対して身構えた。
「おお!ご無事ですか、殿下!」
その正体は彼が持つランタンが照らし出していた。
「スパ爺、か。なぜ此処へ?」
「それはこちらの台詞ですよ!?いきなり姿をくらましたと思ったらこんな汚らわしい所に連れ去られているのですから!」
エキスパは懐からハンカチを取り出し、汗を拭う素振りをした。
「質問を変えようか。なぜ俺が此処に居ると分かった?」
「あぁ、それはこれのおかげですよ」
エキスパは得意げにモノクルを指差す。
「この片眼鏡、なんと魔力探知機能付きでしてね!まだ試作段階ですが殿下のことは問題なくバッチリと追跡できました!!居なくなったと気づいたときは肝を冷やしましたが、なんとかなって一安心ですよ」
「それを誰かに話したか?」
その問いにエキスパは鼻息を荒くして否定した。
「大事な企業秘密ですよ!?話すわけないじゃないですか!」
「……まあ、いいか。ひとまずここから出るぞ」
「なんですか怖い顔して。もしかして、彼らの不甲斐なさに不満を?ええ、それも仕方ないことです。あんな偉そうに入ってきたと思ったら、みすみす殿下を誘拐されるなんて役人失格ですよまったく」
現時点でスパ爺は限りなく白い、と思われる。これで賢者側だとしたらとんだ千両役者だ。
地上に出ると、もう日が傾きかけていた。
「宿は既に手配してあります。差し支え無ければすぐにでも案内できますが、どうされますかな?」
「頼むよ。今日は本当に疲れた」
「ではすぐに参りましょう」
エキスパが近くで魔動車を拾い、そのまま宿まで直行した。
「ここは富裕層御用達の宿ですよ。魔祖樹から近いこともあり、まともに泊まろうと思えば年を跨いで予約しなければいけません。なんて、自慢じみたことを言いましたけれど、殿下程のお人の宿となればこのくらいしなければ失礼に値しますよね……」
「いいや、非常にありがたい。この礼は必ず返すよ」
「……でしたら、エヴンダでもテロモンをどうぞごひいきに」
「もちろんだとも」
チェックインを済まし、部屋の前へと案内されたところでスパ爺と別れた。
「では殿下、私は屋敷の方におりますのでなにかあればすぐご連絡ください」
「ああ、世話になった。スパ爺もゆっくり休んでくれ」
「お心遣い感謝します。それでは、おやすみなさい」
スパ爺を見送った後、部屋に入るやいなや懐に忍ばせていた玉を取り出す。
この玉がなんなのかはわからないが、おそらくこれを持っていればあちらが俺の場所を把握できるのだろう。
「まずは合流か?」
いや、動きやすい俺が単独で行動した方がいい。抜け道を見つけたあとに合流しても遅くないはずだ。バレたとしてもすぐに塞げるものでもないだろうし。
「よし、いくか」
緋色の地平線が完全に闇へと融けた頃、宿の窓から黒い影が一つ、街へと飛び出した。
可能な限り更新できるように努めてまいります
本年もこの作品を読み、楽しんでいただければ幸いです




