32.凡は魔動車にて
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エスキナンで一夜を明かしたタントは、イスカンダルの都であるミマネロイ行きの魔動車へと乗り込んでいた。四人乗りであるこの魔動車を使うのはもっぱら財力のある有力者だけであり、庶民はやはり未だ徒歩や馬車を使用している。といっても、この魔動車が普及しているのは空気中の魔素が豊富なイスカンダルであるからこそ。イスカンダルに比べて魔素の薄い他国ではやはり馬車などが主流なのだ。
「これはいいな。馬車と違って全然揺れないし、それに断然速い」
「およ、およよ?貴方様はもしやタント・クルニス殿下では御座いませんか!?」
モノクルを掛けた老人がタントに詰め寄る。その姿はあまりにも弱々しく、触れてしまえばたちまち折れてしまいそうな小枝のような体格であった。
「ああ、そうだ。失礼ながら、貴殿は?」
「はぁぁ……!まさかこんな僻地に居られたとはッ!現在、行方不明となっている貴方様をエヴンダ王国は血眼になって探しておりますのですよ!特にご兄弟方は、もうそれは各地を飛びに飛び回って!!」
ま、兄弟たちは無事か。アルスタ兄上だけが心配だったのだが、何事もなさそうでなにより。その様子だと、皇交戦も問題なく終わってそうだしな。
「はっ…!申し遅れました!私、ミマネロイでちょっとした商売を営んでおります、エキスパ・テロモンと申します!」
「エキスパ、と言えばあの名高いテロモン魔法店のマスターか」
テロモン魔法店。魔法に関わる者でその名を知らぬ者は居ないだろう。数多の魔法に関する商品を取り扱う魔法使いの台所。魔導書はもちろん、実験を行うために必要な鉱石、薬草、生物、液体、なんでも揃っている。現在、支店はイスカンダルだけでも百を越えており、エヴンダにも王都に数件ほどある。その大規模な魔法店を取りまとめているのがエキスパ・テロモン。もっと貫禄のある人物だと思っていたが、実物は予想以上にヒョロヒョロな老人だった。
「ええ!まさか私のことをご存知だとは、恐縮でございます!」
「まあ、そう畏まらなくても構わない。俺も少し口調を崩したいしな」
「そうですか。では、私のことは気軽にスパ爺とでもお呼びください」
そう言って口髭を撫でるエキスパ。すると、被っていた帽子から暖かい風が吹いてきたではないか!
「どうです!この携帯型温風機は!ほんの少し魔力を込めるだけで、いつでもどこでも寒い冬も快適に過ごせる私の自信作です!」
誇らしげに商品の解説をするエキスパ。その姿にタントは思い出したくもないとある既視感を覚えていた。だが、それが何であるのかが分からない。とにかく、少し不快になった。
「まあ、いいんじゃない?」
「でしょう!!やはり、王子ともなるとお目が高い!!しかしですよ、これはまだ試作型に過ぎないのです!今はこのシルクハット型しかありませんが、今後はもっと─「ところで、スパ爺は何故エスキナンに?ここは僻地なんだろう?何か用でもあったのか?」
エキスパの力説に辟易したタントは強引に話題をズラす。
「え?……えぇ、あそこの清森にはいい材料が沢山ありますので。それに友人の命日でもありましたから、少々墓参りをと思いまして」
「そうか。あの森はテロモン魔法店も御用達か」
なんだ。よかったじゃないか、ケルン。あのテロモン魔法店のお墨付きだぞ。まだ、森の、お前の役目は終わってなんかいないじゃないか。
「それはもう、昔から大変重用しています。あそこでしか採れぬ薬草や菌類などもありますから」
エキスパはゴソゴソと鞄の中を探る。
「例えば、このディマンの実。これは口にするだけで寝たきりの老人が踊り出すと言われるほどの栄養を持つ木の実です。この実は特別なところに生えていて、今はもう私にしかこの木の実を採ることができません」
紫色の棘の付いた一口大の果実。
「ん?これは確かあのスープに─「そして!これは、モロテンダケ!何を隠そう、このテロモンの由来となった伝説のキノコです!!私はこいつのおかげでこの魔法店を大きくすることができたのですよ!!」
タントの視界を塞ぐように変な形をしたキノコを見せつけるエキスパ。そして、鼻息を荒くしてモロテンダケの解説を始める。
「何を隠そうこのモロテンダケ、世界で唯一魔力の増強の効能を持った薬となるのです。そして、それを見つけたのがこの私!エキスパ!もちろん、モロテンダケは以前から存在は確認されていましたが、その効能を解明したのが私であり、その方法とはまずこのキノコの傘の部分を取り外して──」
これはもうどう足掻いても無駄だな、と諦めて車窓へ視線を移すタント。エキスパの自慢交じりの解説は、なんと終点であるミマネロイまで続いたのであった。




