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31.凡は寂寥の寒風に吹かれて

字数の要件を満たしていたのでオーバーラップさんの企画に応募して見ました。よろしければ応援よろしくお願いします!

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「おはよう」


 日の出で空が白む頃、目を覚ますとケルンは既に朝食等の支度をしていた。


「おう、早ぇな。それでどうする?今日はエスキナンに向かうか?」


「そうだな。案内を頼む」


「おうよ。このケルンに任しときな!」


 タントたちは朝食を終え、簡単な身支度を整えてから家を出発した。


「そう言えばよ。タントはどこの国のお偉いさんなんだ?」

 

 ケルンの問いにタントは口を噤む。


「そうか、言いたくねぇか。なら、無理に聞かねぇよ」


 それから、数十分ほど気まずい沈黙が続いた。枯葉を踏む音だけが森の中に響く。


「俺には元々、妻と二人の子どもが居たんだぜ。上の子どもは今も生きてたら、ちょうどおめぇさんぐらいの歳だろうな」


 堰を切ったようにケルンが話し出した。


「十二年前の今みたいな季節だ。その年は特に寒かった。外で遊ぶ子どもたちが家の中に籠りがちになってな。俺と妻は外で遊べと何度も囃し立てたもんだ」


 凩が耳元で騒ぎ立て、彼の声を遠くさせる。


「当時はよ、戦争なんて俺たちには関係ない事だと思ってたんだぜ?お偉いさん共が自分たちの利益のために国境で勝手にドンパチやってるだけで、森の奥に住んでる俺たちが関わることなんて一切ないってな」


「実際、ここは魔族領からかなり離れた位置にあるはずだ。ケルン殿の考えは間違っていないと思うが」


「殿、なんて小っ恥ずかしいからよしてくれ。ケルンでいい」


 彼は少しだけ笑みを見せると、すぐに表情を固くした。


「俺はただの馬鹿な田舎者なんだ。てめぇが馬鹿やらかしたせいで妻と子を死なせちまった、ただのクズ野郎だ」


 自嘲の冷風が頬を掠める。その重みが徐々に二人の足に絡みついて、止めさせる。


「魔物が出たんだ。お偉いさん方が言うには転移魔法陣による奇襲だとよ」


 光無き眼がタントを射抜く。その闇の中で深い絶望と限りなき悲嘆が渦巻いていた。


「俺はその時、ちょうど都に出てたんだ。森で採れた薬草を納品するためにな。荷車一台分で五千万エヌシ、それだけで何年も遊んで暮らせる金だ。でもよ、そんなもん直ぐにただのガラクタになっちまった。急いで帰った時には、大量の魔物と三人の死体が転がってた。妻の方は散々慰みものにされた後でよ、子どもに至っては……」


「もういい!!結構だ!!そんな話は聞きたくはない!」


「なぁ、聞いてくれよ。そんなこと言わずに聞いてくれよッ!俺はおめぇさんには聞いて欲しい!ずっと、ずっと一人で抑え込んでた俺のこの気持ちを!!頼むッッ!!」


 泣きそうな顔でタントの腕に縋るケルン。その顔を見てしまってはタントも無碍に振り払うこともできない。


「アイツら、魔族は悪魔だ!!俺たち人間のことを玩具か何かだと思ってやがる!!だからよぉ!!俺は決意したんだ!!!必ず魔族の奴らを根絶やしにしてやると!!その為にこの森の全てを戦争の為に費やすと!!!それなのに、()()()()ッッッ!?寝言も大概にしやがれってんだ!!!!エヴンダ王国の王子だか何だか知らねぇが、ソイツは頭が狂ってやがる!!!俺の妻と子が、いや、何人もの人間が無惨に殺されてるっつうのに今更仲良くしようだなんて正気の沙汰じゃねえッッッッ!!!!」


 ケルンの憤怒に苦虫を噛み潰したような顔をするタント。言葉すら出ないといったように唇を食いしばる。


「おめえさんもそう思うだろ?タント?」


 肯定と安心を懇願するように曲げられた眉と瞳。彼から滴る汗と涙は粒となって、手の甲に落ちてくる。


「そう、だな」


 仮にここで俺がその国の王子だと正直に事実を告げたとして、誰が得をする?誰が幸せになる?ただ、互いに傷つくだけだろう。ならば、首を縦に振るしかない。


「あぁ、そうだよな、そうだよな!俺は間違っていないよな!」


 歓喜と共に口の端から涎を飛ばすケルン。その眼差しはもはやタントを捉えていない。


「やっぱりおかしいんだ。魔族と共存なんて出来るはずがない。アイツらが狂ってんだ。偉いからって、自分たちだけで、そうやっていつも─」


 狂ったように呟くケルンをタントは黙って見つめていた。


 この消えることのない怨嗟の炎に苦しんでいるのは俺のせいだ。きっと、彼だけではない。世界中の人間が同じように苦しんでいる。戦争が終わったことで、敵が消えたことで、抱いていた憎しみと怒りの矛が行き先を失い、己の中で暴れ続けている。自身を傷つけることすら厭わず、その思いを忘れてしまわぬように、復讐の炎の中に身を投じている。


 俺のせいで


 俺の夢のせいで──




「到着したぜ。タント」


 エスキナンに着いたのは陽が落ちてからであった。


「ここからは都直通の魔動車が走ってるぜ。それに乗れば一日も掛からず、国の中心だ」


「大変世話になった。本当に心から感謝するよ、ケルン」


「これで、お別れだな。おめぇさんとは息が合ったから、少しだけ寂しいぜ」


「この街に泊まっていかないのか?」


「ああ、街はどうにも落ち着かねぇからな。心配すんな、この季節になったら夜ですら獣も出ねぇからよ。……そうだ、これやるよ。餞別だ」


 ケルンは鞄から袋を取り出して、タントに手渡す。


「これは、この国の貨幣だ。大体百万エヌシほど入ってる。おめぇさんが国に帰られるくらいの資金はあるはずだぜ」


「何故、こんな金があるのにあんな生活を……?」


「言ったろ? ()()()()()()()()()()()()なんだって」


「……この恩は必ず返す。いつか、必ず。今度は俺の家族や友人も紹介したい」


「そうか、それは楽しみだ」


「だから、また会おう。ケルン」


「ああ、じゃあな。ありがとよ、タント」


 踵を返し、森の中へと帰っていくケルン。


「必ずだ!!!待っていろよ!!」


 タントの言葉に応えるようにケルンは後ろ手を振る。その哀愁漂う背中を見て、タントは、あぁ、もう会えないのだな、となんとなく察した。


 翌日、清森から一段と冷たい風が街へと吹き込んできた。







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