29.夢を呑む神
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「タクトは英雄になりたいのですか?」
「おうよ!!俺の夢はクルガ王のように、世界を股にかけて冒険し、その偉業を後世に残すことだ!!」
俺の堂々たる宣言に、彼女はクスクスと笑みを零す。
「な、何が可笑しい!」
「くす、ごめんなさい。あまりにも可愛らしくて、決して馬鹿にしているわけではないのですよ?」
「そういうのを馬鹿にしているって言うんだよ!……それじゃあ、お前の夢も言ってみろよ。俺の夢を笑うくらいだ。それはそれは大層な夢なんだろうな?」
「私の夢、ですか?………そうですね、私の夢は──」
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「なんだ、お前の夢も笑えるくらい可愛いじゃねぇかよ………」
「おはようございます。いい夢は見れましたか?」
あぁ、そうか。俺はこの魔族のお嬢さんに拷問されてたんだっけな。それも、とんだ難癖の付け方されて。
「一時的に魔法を解きました。答えるなら今のうちですよ。今度は右脚を折りますから。これ以上、痛みを重ねるとショック死するかもしれませんね」
「知らないものを答えられるはずがないだろ。俺は見たことも、会ったこともない。これが事実だって言ってんだよ。なあ、アンタのその我儘のせいで魔族の立場がどうなるのか、考えてんのか?公式の場で他国の王子を拷問した。その事実が政治的にどれほど影響を与えるのか分かってんのかよ?だから、俺は後でいくらでも聞いてやると言ったんだ」
「ふん、貴方如きにそれほどの価値があるとは思えませんね。仮に、これで戦争に発展しようが私たち魔族は一向に構いませんよ。所詮、今は偽りの平静。いつか、元通りに戻るだけですから」
その言葉を聞いた瞬間、タントの全身の血管が沸騰する。
「元に戻るだけだとッッ!寝ぼけたことほざくなよクソガキがッッ!てめぇの機嫌一つでまた無駄な屍を重ねるつもりかッッッ!」
タントの剣幕に少したじろぐゴナ。
「思い通りにいかなくて、駄々捏ねるのは勝手だ。それを俺にぶつけることも別に構わない。だが、そんなことに世界を巻き込むなよ。その平静を望んで犠牲になった者の夢を踏みにじるな」
─私の屍でこの白蘭が美しく咲き誇るのであれば、喜んでこの身を土に還すわ
「………どうして、そこまで言って、断言しないんですか?」
ゴナの感情は怒りを通り越して、困惑と恐怖へ。彼女自身は確信へと到りつつも、その過程に違和感を隠しきれない。結局、彼は答えになる道筋を持ち合わせていた。それは間違いない。もう、ほぼ辿り着いていると言っても過言ではないのにいつまで経っても彼はその結論へと到らない。これではまるで彼の中からそれだけが消え───
その思考が浮かんだ瞬間、ゴナはヒュッと喉を鳴らす。知ってはいけないナニカ。触れてはいけない禁忌。本能的にそれを感じ取った彼女は、凄まじい緊張感と恐怖、それとほんの少しの好奇心に耐えきれず、おもむろに口を開いてしまった。
「ミストレはラン」
姉は既に土に還っていたのだ
─はぁい、そこまでよぉ〜。楽しい推理ショーはこれでおしまぁい❤
「ぴぎゅ!」
潰れたような断末魔を上げ、ゴナの頭部が爆散する。凄惨たる鮮血の雨がタントの視界を深紅に染め上げる。その麗しき容貌は跡形もなく弾け飛び、首からは噴水が如く血が吹き上がる。魔族の誇りである角は無惨に塵となり、嫌になるほど見つめてきた瞳が足元へ転がってくる。
「忘れていたでしょう?自身の罪を。忘れていたでしょう?自身の罰を。でも、それが罪であり罰。貴方は無知故に罪を犯し、その罰故に無知となる。決して、逃れることのできない業の円環に貴方は堕ちている」
「あ、あぁ………」
「貴方が幸福だと感じた時に私は訪れる。貴方に罰を下すため」
そうだ。俺は、俺はもう──
「貴方は既に裁かれている。でも、残念ねぇ。貴方の罪のせいで、せっかく叶えた望みすら失ってしまうのだから」
─あははははははは!!!!!!
邪神の嘲笑が脳髄から響き渡る。
「そういえば、意気揚々と『俺以外には関わるな』だなんてカッコイイこと言ってたけど、それは貴方次第なのよ。ほら、その魔族の子も貴方のせいで死んだ。貴方が罪を忘れ、幸せを享受したから、運命がそのように作用した」
「違う。俺は、俺はッッッ!!!」
「何も違わないのよ、可愛い英雄さん。貴方はこれまでも知らず知らずのうちに何人もこうして死体にしてきた。でも、貴方は忘れてしまった。特に、魔族なんて何人殺したのかしら?殺しすぎて本能的に避け始めた時はもう大爆笑!何が罪かも分かってないのに、とりあえず罪悪感は感じてたもの!!」
「Peccammmmmmm!!!!!」
「あは❤存分に狂いなさい。もはや誰に、何に憤怒しているかも忘れてしまうくらい。己が何者かも理解できなくなるくらい。ここには貴方と私しかいないのだから……」
猛り狂うタントを涼しげにあしらうペカ。折れた両腕を鞭のように振るうと、その腕は千切れ飛んだ。腕を失ったタントは平衡感覚をも失うが、その勢いで蹴りを放つ。だが、掌で受け止められた足は風船のように膨らんで軸足ごと弾け飛ぶ。四肢のない彼は最後に残った武器である歯と顎を使うため、喉元へ食らいつく。ペカは、待っていましたと言わんばかりにその口付けを受け止め、首を切断した。
「ご馳走様❤それじゃあ、あっちへいってらっしゃい❤今度は何を忘れてしまうのかしら?大切なモノじゃないことを祈るわ❤」




