28.凡凡は詰められる
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「剣も持たずにこの試合に臨むとは、私も嘗められたものですね」
試合場へと静かに上ったゴナは大きな溜息を吐いた。
「いや、そういう訳ではないんだが」
次いでタントも足を上げるが、その足場がやけに滑ることに気がついた。
「なんだ?」
「言っておきますが、既に私の領域内です。万が一でも貴方に勝ち目はないので大人しく諦めてください」
「なるほど、やけに寒いと思ったらアンタの仕業か。始まる前からやる気満々で結構なことだ」
ここへ来た時から感じていた冷気の正体は彼女の魔力によるもの。そして、彼女はこの場の主導権を完全に握っている。素人目から見ても、タントが圧倒的不利だということが解る。タント自身もまた、乾いた笑いを漏らした。
「始め!!」
開始の合図とともに、無数の氷の茨がタントに襲いかかる。
速いッ!
「【芭炎帳】!!!」
炎の幕がタントを守るように降ろされるが、それをものともせずに茨がタントを弾き飛ばす。
「ぐあっ!」
さらに勢いづいた氷たちは鞭のように撓り始め、タントを嬲り続ける。タントの身体は上へ上へと弾かれ、最後は思い切り地面へと叩きつけられた。
「ぐぶッ」
頭から叩きつけられたタントの意識は朦朧となり、起き上がろうにも足取りが覚束無い。それでもゴナは手を弛めることなく攻撃を続け、タントが完全に沈黙したのを確認してから、氷の茨でタントを締め上げた。
「起きなさい。これから、質問に答えてもらいます。貴方に拒否権はありません」
「うぐっ!……おいおい、それは今ここでしないといけないことか?お話なら後でいくらでも聞いてや─ぐあっ!」
どれほど血みどろな姿になってもあくまで飄々な態度を取るタントだが、ゴリッと軋む腕と肋の痛みには耐えられないのか、思わず顔を歪ませてしまう。ゴナはそれを気にも留めず、淡々と言葉を続けた。
「今、この場で真実のみを語りなさい。もし、まともに答えないようでしたら此方にも考えがありますので」
「おい!これは皇交戦における正当なる果たし合いとは言えないぞ!!単なる拷問紛いの尋問だ!!!審判、止めさせろ!!」
試合を終え、近場で控えていたディーンが叫ぶが審判の反応は無い。
「クソ!!奴もグルか!!」
「何をしている、ゴナ!!これ以上は国際問題になりかねないぞ!!」
事態を全く飲み込めぬダゴドゴもまた、大きく狼狽えながらもゴナに呼びかけていた。しかし、彼女は一向に取り合おうとはしない。
「すまぬ、エヴンダ王国の者たちよ!不肖の妹の尻拭いは兄である我がせねばなるまい!!」
ダゴドゴは壇上へ躍り出ようとするが、目に見えぬ大きな壁に阻まれる。
「な!?これはまさかサデラの【異空転在】!?」
「兄上、すぐに参ります!!」
ディーンが剣を構えるが、ダゴドゴがそれを制止した。
「待たれよ、ディーン殿!!!今、あの場では空間の座標が支離滅裂になっている!!!下手に攻撃を加えれば貴殿の兄上にも危害が及びかねん!!!」
「なんだと!?では、どうすればいいと言うのだ!?」
「サデラ本人を見つけて止めさせるしかなかろう……!」
苦々しげに呟くダゴドゴ。その眼差しから困惑と焦燥が読み取れる。その姿を目の当たりにして、ディーンは逆に平静を取り戻した。
「ならば、探し出すだけだ。手伝え、ダゴドゴ」
「無論。この無礼の詫びはいつか必ず致す」
二人は会場から飛び出す。未だに状況を飲み込めぬ他の者たちはただ呆然と試合を見つめていた。ただ、アルスタはいち早く事を理解し、元凶であろうサデラの元へと駆け出していた。
「それでは問いましょう。なぜ、嘘をついたのですか?」
タントは質問の意図はおろか、意味すら理解できなかった。
「なんの事だ?俺がどんな嘘を吐いたと?もう少し詳し─ぐああぁ!!」
右腕の骨折。痛みに慣れなど無い。いくら、同じ経験を繰り返そうとも、その感覚は常に鮮烈に、自身へ襲いかかってくる。少しでもそれを外へ逃がそうとして、叫ぶ。脂汗が滲む。だが、一瞬だと思われたその激痛は身体の中を駆け巡る。
「ぐううう!!!!」
「やはり人間は無駄に小賢しく、愚か。こうして躾地味た事までしなければまともに会話もできないとは、嘆かわしいことです」
やれやれ、と首を振るゴナ。
「仕方ありません。私から切り出してあげましょう。ミストレ姉様のことです」
「知らない、と、何度、言えば、分かる」
息絶え絶えに答えるタントの声色に若干の怒りが混じる。だが、より濃く怒りの態度を表したのはゴナの方であった。眉間に皺を寄せながら、左手を握り込む。
「ぎゃあああ!!!!」
左腕の砕ける音。タントは堪えきれず、絶叫する。その惨状にある者は目を背け、ある者は憤慨した。
「痛みは重複します。なるべく早く素直になることをお薦めしますよ」
止まぬ激痛にタントは口端から泡を零し、白目を剥く。
「おや、思っていた以上に打たれ弱いみたいですね。やれやれ、だから人間は嫌なんです。どうして姉様はよりにもよってこんなゴミみたいな人間なんかに……せめて、サデラ姉様やメムみたいに優秀な人間に目をつけていたのであれば私も納得するのですが」
「いい加減にしろよ、お前」
太陽が落ちてきた。
今、この場にいる誰もがそう思ったに違いない。
「僕がちょっと目を離している間に、全然面白くない事おっぱじめちゃってさ。まさか、生きて帰れると思ってる?」
突然、タントの傍に現れたラスバは静かに魔力を爆発させた。空気中の魔素が共鳴し、再び太陽を顕現させる。
「えぇ、貴方が此処へ来ることも想定内です。ねぇ、メム?」
「はぁい!」
ラスバの後を追うように現れたメムが、ラスバを羽交い締めにする。
「おい!離せ!」
「やーだよ。あたしもっと、ラスバと遊びたいもん。だから、もっと誰もいない静かなところに行こ?」
太陽とともに二人は消えた。もはや皇交戦からかけ離れた事態にようやく周囲は騒然とし始める。止めるために試合場へ乗り込もうとする者、連合府本部へ報告しようと会場を後にする者、野次馬感覚で楽しむ者。だが、それでもゴナは手を止めない。
「さあ、寝ている暇は無いですよ。貴方には質問を答える義務がありますので」




