23.凡凡は不機嫌になる
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「本当にラスバは大丈夫なのか?タント」
ただ先生を嬲り疲れて昼寝をしているだけなのだが、皆には体調が悪いから自室で休んでいると伝えている。
「えぇ、先生が看病しているから心配ありませんよ」
これも実際は俺の部屋で気絶しているだけ。バレないように誤魔化すのは大変だった。看病の邪魔になるからと部屋に入らないようにと説得するのに十分もかかった。俺以外の皆が、魔法に疎いのが幸をそうしてどうにか屁理屈をこねにこねまくったが。
「しかし、あれほど元気そうだったのにいきなり体調を崩すとは、やはり幼いあの子には荷が重かったか?」
「そうかもしれませんね」
顎に手を置いて思慮に耽る兄を他所に、いかにしてラスバの元へ行くかということを思案するタント。もし、目覚めたラスバがケロッとしながら皆の前に現れてしまえば、先の整合性が取れなくなってしまう。そうなる前に、ラスバと情報を共有しておかなければならない。
「それで、次戦からはどうしますか?残念ながら、皇交戦は勝ち抜きではなく総当たり戦です。やはり兄上が?」
剣の手入れを終えたのか、ディーンが合流し、俺の隣に座る。
「そうなるな。まあ、いつものことだ」
「えぇー!!!!」
怪鳥すら慄くであろう甲高い声が後ろから響いてくる。
「ラスバ出ないのぉ!?じゃあ、やっぱりあたしも出ないぃぃ!!!お姉出てぇ!!」
ディーンとアルスタが目をやると、そこにはサデラに泣きつく幼い魔族の幼女がいた。
「メム・ドンカシ、か。昨年、ラスバの誕生会で当人と一悶着あったおてんば娘と聞いたが、間違いなさそうだな」
「あれで俺たちよりも歳上だと言うのだから驚きだ」
「あらぁ、私たち魔族にとっては貴方の弟君とそう変わりない歳ですのよぉ?それにぃ、淑女に対して年齢の話をしてはいけませんわぁ」
音もなくヌルりと二人の間から顔を出すサデラ。その行為にアルスタは思わず身をのけ反らせ、ディーンは顔を顰めた。
「そこまで離れられるのは心外ですわぁ、アルスタ様ぁ」
「いい加減兄上に付きまとうのは止めろ、魔国の女狐が」
「あらあら、なんて口の悪い弟君なのかしら?アルスタ様の弟でなかったら……今頃肉塊よ、坊や」
喧嘩なら外でして欲しいな。観戦の邪魔なんだが。
と言いたいが、俺が口を出したところで何も解決しない。だから、こうして肩身の狭い思いをしながら縮こまっているのが正解だ。
「お止め下さい、お姉様。下々の戯言は受け流すのが上の者の務めです」
見覚えのある魔族の少女がサデラの右腕を抑える。
「あら、ゴナじゃない。貴女も来ていたのねぇ。てっきりあの子に付きっきりで国に残ってると思ったのだけれどもぉ」
「えぇ、今年は会いたい方が居まして。……それで、貴方はまだ何か?」
ゴナがディーンを一睨みする。ディーンは剣の柄に手を当てていた。今にも戦闘態勢へと入れるように。
「如何に貴様が他国の姫なれど、先の侮辱は見過ごせぬ。剣を抜け。我が誇りをかけて─「止めろ」
今度はタントがディーンの左腕を抑える。その表情からはこの場の誰よりもこの状況が不快だということが読み取れる。止める手に込められている力も強い。
「最初に侮辱したのは誰だ?お前だろ。自分の事を棚に上げて誇りだの何だの持ち出すな。敵対心を燃やすのは勝手だが、勘違いはするなよ。俺たちは手を取り合うことができるんだ。決して分かり合えない敵じゃあない」
「ぐっ!」
「それと、ゴナ、だったか?一つだけ言わせてもらう。俺たちに上下はない。この地で立って歩いている内は誰も彼も皆平等だ。それだけは覚えておいて欲しい」
少し休んでくる、と言葉を残し、タントはその場を去った。数十秒間、静寂が世界を支配する。試合の喧騒すらも耳に入らず、皆押し黙っていた。やがて会話の口火を切ったのは、ゴナだった。
「メムの件ですが、私が代わりましょう」
「そう。なら、早く手続きして来なさい。……それではアルスタ様、ご機嫌よう」
完璧なカーテシーを見せつけながら消えるサデラとゴナ。それでも、残されたクルニスの2人は未だに口を開けずにいた。
「また、俺は───!!!!」
ディーンの口の端と握り拳から血が滴り落ちる。その激情に悶える姿を横目に、アルスタもまた己の振る舞いについて省みて、恥じた。
「少し大人げなかったか」
部屋に戻ったタントは先ほどの自分の姿がどうにも拗ねて帰った子供のように感じられてならない。そう思う度に、このようなことを呟いて平静を保とうとしている。
「君はいつまで経っても子どもですよ」
「先生、やっと起きたんですか」
「ええ、あのクソガ─ラスバ君の突きが思いの外重くてね。本気で死ぬかと思いました。いや、絶対殺す気でしたよあれは」
ダメージが抜き切ってないのか、イーダは痛そうに腹を摩る。
「ラスバの事に関してはもう心配いらないですよ。結局、俺が出ることにしましたから」
「それが一番いいでしょうね。その方がバランスが良い」
うんうん、と頷くイーダ。
「突出した勢力は全体から危険視されます。ディーン殿下だけでも十分に危惧されうるものですが、今のところは君がいる事で帳尻が合っている。しかし、そこにラスバ君という更なるバランスブレイカーが現れたとしたら、この国はどうなるでしょうか?」
「なるほど。それで先生は此処に来たのですね」
「力は均すべき。そう教えてきたはずですが、忘れてしまいましたか?」
「ええ。すみません。どうにも、頭から抜けてしまったようです」
そう呟くタントの表情はどこか寂しげで、泣いているようにも見えた。イーダはその表情を見て、反省しているようでなにより、と満足げに鼻を鳴らした。




