21.凡凡は皇交戦へ赴く
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連合府本部周辺は雪が綺麗に消えていた。しかし、肌を刺すような寒さは目に見えずとも健在で、思わず鼻が垂れるほどであった。
「本部はいい加減暖房の導入も検討しろよ。いや、まじで」
「タント、ここは公の場だぞ。いい加減にするのはお前の言葉遣いだ」
「その通りです。今年は出場者でないにしても、兄上はエヴンダの王族としてここに来ているのですから─「わかったよ!二人して俺に説教垂れるな」
「クスクスッ」
このようにいつもと変わらないような団欒の光景を見せているのは数ある国の中でもエヴンダ王国だけである。他の国の者は皆、重苦しい雰囲気の中で、ある国の者はは虚空を見つめ、ある国の者は祈り、ある国の者は今この一時を噛み締めるように抱き合っている。その姿はまるで、戦地へと赴く戦士を思わせる。
「相変わらず余裕そうだな、ディーン」
「む、カルデナではないか」
カルデナ・エクスクローネ。ガーダ帝国の姫でありながらも、その剣の実力は世界で五指に入るほどの剣豪。その爛々と燃ゆる赤髪と金の瞳を揺らして、ディーンに剣の鋒を向けた。
「今年こそ、貴殿を打ち倒し、婿として迎え入れてみせる」
「楽しみだ。君との闘いはいつも血湧き肉躍るからな。今年も期待しておく」
この人こそがディーンの婚約者である。彼らは結婚した後にどちらの国で過ごすのかで揉めており、結婚するまでにカルデナが一度でもディーンに勝利すれば、ディーンが帝国へと移り住むということで事ある毎に勝負している。ちなみに今までの結果は全てディーンの圧勝。その度に、幼児のように泣き喚くカルデナの姿を見ては、『気の毒だ』とタントは思っている。
「確か今年は義兄殿ではなくてラスバが出ると聞いたのだが、それは真か?」
カルデナはタントとラスバを交互に見つめ、ディーンに問いかけた。タントには疑義の眼差しを、ラスバには不安の眼差しを向けて。
「事実だ。だが、侮るなよ。コイツの実力は俺に匹敵するほどのものだ。断言しよう。今年の皇交戦、このエヴンダ王国が貰い受ける」
「ほう、それは聞き捨てなりませんなぁ」
白い長髭を蓄えた老人たちがズラズラと並ぶ。
「この魔法大国イスカンダルを差し置いて、優勝など考えられませぬ」
「我らにはこのミイネがおる。五百年の歴史を誇る我が国の最高傑作じゃ」
傍らに物言わぬ少女が佇む。沈むような黒い髪に吸い込まれるような紫の瞳。無を体現したような表情をする彼女はなんとも不気味だ。
「まあ、なんとも気味の悪い女の子ですこと。ねぇ?アルスタ様ぁ」
いつの間にか、アルスタの首筋にサデラ・ドンカシの腕が回されていた。アルスタはゆっくりと目を閉じて、その腕を優しく振り払う。
「止めろ、サデラ。私にそのような気はない」
「相変わらずお堅い人。でも、いいわぁ。そこが好み」
「そう言えば、貴女も今年は出場されないようですね」
カルデナが話しかけると、サデラは興味なさげに淡々と答えた。
「あぁ、それは妹のメムが絶対に出ると意固地になって聞かないものでしたから。どうもそこのおチビちゃんに興味津々のようで」
ラスバを一瞥するサデラ。当のラスバは面倒くさそうに眉を顰めていた。タントはその表情を医者に行く時の犬みたいだなぁと思いながら見ていた。
「興味津々と言えばもうひとつ、貴方、ミストレと面識がおありで?」
ラスバの表情に浸っていたタントはサデラの問いかけに反応することができず、「ん?誰?」という素っ頓狂な返答をしてしまう。
「タント、お前と言う奴は本当に……」
アルスタが頭を抱える。ディーンが深い溜息を吐く。ラスバが堪えきれず吹き出す。カルデナが侮蔑の眼差しを向ける。老人たちとサデラの表情は変わらない。
「私の妹ですわ。まあ、あの子も滅多に表には出てこないので、すぐに思い浮かばないのも無理はありませんけれどもね」
「あ、なるほど」
そこでようやく己の犯した大きな失態に気づく。他国の姫、ましてや魔族の姫のことを『誰?』の一言で一蹴してしまったのだ。しかし、タントは思うのだ。三十を超える子を持つ魔王が悪いのだ、と。
「謝罪は結構ですわよ。社会に顔を出さぬあの子の方に過失がありますもの。その点、どんなに無礼だったとしても貴方の方が立派ですわよ」
「はあ、それはどうも」
「おい、どう考えても皮肉だぞ」
カルデナがタントに耳打ちする。タントも『知ってますよ』と心の中で返す。
なんだかんだいってこの人は大のお人好しだ。実直で、それ故に多く損をする。むくわれないかもしれないという不安で枕を涙で濡らす日々も少ないないはず。やっぱり、この人は気の毒だし、目に毒だ。
「あの、そろそろ用意とかした方がいいかと。時間とか、限られてるので」
気弱そうな少年が場を切り込んでくる。
「べルシアの獅子か。忠告、感謝する」
自由都市べルシア。戦争終結以前から存在していた異種共存国家。以前はどの国からも国として認められていない未承認国家であったが、晴れてこの度、国として認められた新興国である。
べルシアの獅子と呼ばれるこの少年はその国を統べる首長の一人息子である。彼はタントを見つけると、ペコリと会釈した。タントはただ、気まずそうに目を逸らした。
「さて、私たちは行くとするか。ではまた後ほど」
アルスタが言葉を紡ぐと、エヴンダ一行は一礼してその場を去る。
「ねぇ、タント兄さん。やっぱり今から交代してくれない?」
道すがら、ラスバがタントの袖を掴んで懇願する。
「えぇ……お前がやりたいって言い出したことだろ。今更どうしようもねぇよ」
「だって、アイツが出てくるとは思わなかったんだよ!!アイツと会うくらいなら、僕は敗北を選ぶ!!!絶対にね!!!」
「それは許さんぞ、ラスバ。クルニスの名を背負う者として、敵前逃亡は死を意味すると思え」
ディーンの容赦ない言葉が逃げ道を塞ぐ。
「ぐぬぬ、ここは仕方ない。会場にいる奴らを皆、洗脳して兄さんが出場者だと思わせてやる」
やれやれ、この弟は本当に困った子犬ちゃんだよ。持ち前のチートで全部解決しようとしやがる。しかも、対戦相手に会いたくない奴がいるという超利己的な理由で。
「だめですよ、ラスバ君」
カチリ、とラスバの首に何かが嵌る。
「ゲッ」 「おっ」
「「先生」」
「やあ、二人とも、そして、お久しゅうございます。アルスタ殿下、ディーン殿下」
そこにいたのはタントのかつての先生であり、現在はラスバの先生である魔術王イーダであった。




