20.凡凡はかく語りき
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「あー、あれは何かそれっぽいことを適当に言っただけだ」
タントは揺らしていたクッキーを口に放り込む。
「嘘つき。アルスタ兄さんに聞いたらすぐ答えが返ってきたよ。初代エヴンダ王が神より賜りし勅だってね」
あーはいはい。チート乙。あのクソ長い古文書の内容もしっかり暗記済ですか。さすがは兄上。おかげで超面倒です。
「フレーズが気に入ってたんだよ。実際、かっこよかっただろう?意味ありげにそう呟く俺の姿は」
「そうだね。じゃあ、質問を変えるよ。どうして嘘ついたの?」
禍々しい威圧感を醸し出すラスバ。その瞳の闇はあの邪神をも思わせるほど深いが、彼女には及ばない。タントにとってはまだ底が見えそうだと安息が漏れるほどだ。
「そうやって兄を脅すのは止めなさい。出てくるのはこのお菓子かなけなしのお小遣いだけです」
降参とばかりに手を挙げる。訝しげに見つめるラスバであったがやがて溜息を吐いて、つまらなそうに口を尖らせた。
「いつか絶対吐かせてやる」
「おや、物騒すぎる言葉が聞こえたけど気のせいだよな?」
そういえば、とタントは話題を変える。
「本当によかったのか?皇交戦に出るってことはお前、隠していた力をバラすことになるんだぞ?」
「別に。積極的に隠していた訳でもないし、遅かれ早かれいつか周知されることだと思ってるから」
あくまで淡白な返答。感情の起伏もない。一体何歳児なんだこいつは。俺もお前のような聡明な子どもでありたかったよ。
「遅いな」
ポツリとそのような言葉を零すラスバ。そして、何かを手繰り寄せるように左手を握った。
「ぐぇっ!!」
すると、空中からいきなりアクロシアが苦しげに呻きながら落下してきた。
「ねぇ、誰が道草を食っていいってなんて言った?」
満面の笑みでその顔を掴むラスバ。その圧はタントの時とはまた別の迫力がある。
「だだっ!だって、ご主人!!!コイツはっ!?」
その瞬間、タントの背筋が凍りつく。だが、表情はおくびにも出さない。全身の汗腺を締め上げ、逆に筋肉は弛緩させようと意識する。視線はその物体へと、あくまで自然に。酸素の循環も止めて。
「おいおい、放し飼いはダメだぞラスバ。ちゃんと手綱は握っておけ。王子が悪魔をペットにしてるなんてバレたらそれこそ一大事なんだから」
「うん、わかってるよ。だから今はこうして認識阻害の魔法を施してるんだけど、何で兄さんには見えてるのかな?」
「─ッ!」
「ふふ、動揺したね♪ようやく一手、上回ったかな?」
「そんなことはない。お前の言動からその悪魔だと推測しただけだ」
「ふぅん。それにしては視線がやけに正確だなぁ。もしかしたら、僕は足を掴んでいるのかもしれないのに」
「偶然だ。たまたまそこに俺の焦点があっただけだろ。なぁ、もうこれ以上兄さんを虐めないでくれ」
「嫌だよ♪こうして互いに弁を弄するような会話ができるのはタント兄さんだけなんだ。僕には見たくないものまで自然と見えちゃうからさ」
まさに小悪魔の微笑。我が弟ながらなんと魔性な微笑みよ。女衆たちがこれを見ればイチコロだろう。
タントたちが会話を交わす間も、アクロシアはなんとか掌から逃れようと必死にもがいていた。
「あぁ、もう。そんなに暴れても無駄だから。いい加減使い魔としての自覚を持ちなよ、アクロシア」
「違う!俺ァ、ご主人のためを─「ずっと立ち話もなんだな。とりあえず座れよ。少し懐かしい話を思い出したんだ、暇なら話してやるよ」
アクロシアの叫びを掻き消すようにタントの言葉が覆い被さる。アクロシアの思い虚しく、ラスバの興味は完全にタントの話へと向いた。
「何の話?もしかして、手記のこと?それとも別の思い出とか?」
「そうだな。俺が冒険者だった頃の話だ。今、ちょうど雪が積もってるだろ?それにまつわる他愛ない事だ」
「おい、ご主人ッッ!!いいから、話を─「もう!うるさいな!!後で聞くからさっ!今は静かにしろ!!」
暴れるアクロシアを魔法の鎖で拘束して服の中に詰め込むラスバ。そして、目にも止まらぬ早さでソファに座る。
「ねえ、どんな話?」
「そんなに期待するほどのものでもねぇよ」
タントは茶を注ぎ、菓子と一緒にラスバの前に置く。ラスバは早々に菓子へと手を伸ばし、茶を飲んだ。
「俺が冒険者だったってことは知ってるだろ?」
「うん。アルスタ兄さんやディーン兄さんから聞いたよ。世界でも結構有名なパーティーになったんだよね。兄さんの情報だけは今も秘匿されてるけど」
「父上がわざわざ冒険者用の戸籍を繕ってくれたからな。身元不詳の冒険者タクト。どうみても十歳以下のガキが十三歳なんて言ってたから、どいつもこいつも怪訝な顔してたな」
「へぇ、よく追い出されなかったね」
「マスターには父上が顔を利かせていたからな。それにもうひとつコネで着けてもらった人物の影響も大きかった」
「白夜狐のサーラ。常に狐の面を被っていた紅竜級の冒険者、だよね。彼女の話はよく耳にするよ。特に、ガーダ帝国は今でもその身柄を追っているらしいしね」
「よく知っているじゃないか」
「まあ、それもタクト=タントって知らなかったらまったく知るつもりもなかったんだけど」
眠そうに眼を擦るラスバ。
「どうした?眠いのか?」
「うん、少しだけ。なんか、眠気が………」
ラスバの首がカクンと垂れる。
「しょうがないな。ここで少し寝ていけ。夕食までには起こしてやる」
「うん。ありがとう、タント兄さ……」
まだ起きていたいからなのかゆらゆらと耐えていたが、遂にソファへと横たわる。その寝顔はなんとも安らかで、寝息も穏やかなものであった。
「こうして見ると、可愛いもんなんだがなぁ」
タントはラスバを仰向けにして、頭の下に柔らかいクッションを敷いてやる。
「おっ、ちゃんと眠っていても魔法はバッチリ継続中か」
タントはラスバの胸元からアクロシアを取り出した。アクロシアは鎖まみれでまともに身動きが取れず、また猿轡も噛まされているので唸ることしかできない。
「布をちょいとずらすぐらいなら俺にもできるぞ、と」
「ご主人に何をしたっっ!腐っても貴様の弟なんだぞ!!」
「臭い唾を飛ばすなよ。悪魔の癖に一丁前の忠誠心なんか見せやがって」
「ぐっ!お前のような雑魚ならこの身体でも十分だ!!!」
足掻いた勢いを利用してタントの指を噛み付こうとするアクロシア。だが、タントがそれを許すはずもなく、首輪を締め上げる。
「ぐぇっ!」
「お前がラスバに伝えたかった事は大方予想が着く。悪魔はそういうのに敏感なんだろうな。その判断も間違ってはいない。アレに関わるべきではない。絶対にな」
「お゛ま゛え゛は゛」
「『心配しなくてもいい』だと?あんなに信用できない戯言は初めてだ。退屈に溺れたお前らがアイツらを放っておくはずないだろ。だから、こんな火種をわざわざ寄越した。撒き餌よろしく、な」
「や゛は゛り゛」
「Acroxia,お前も命が惜しいなら死ぬ気でラスバに隠し通せ。ラスバがどうにかしてくれるなんて期待は決してするなよ。いくらアイツがどんなに怪物じみた強さを持っていたとしても相手は─」
カナワナイ神だ




